鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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第3章 魅せる男江戸初期の若衆歌舞伎を描いた肉筆画から、錦絵の役者絵、大正期の新版画に表された役者の肖像まで、「見られる」存在として舞台に立った男性の図像を紹介した。江戸初期の若衆歌舞伎図は役者名が不明であり、江戸中期の女形を描いた肉筆画は紋によって役者名を暗示するにとどめるなど「美人画」として鑑賞できるものになっており、第2章の作品に共通する性質を持つ。一方、役者名や役名が明記された役者絵は、名を成した芸能者の肖像であると同時に、有名な武将や侠客といったヒーローの姿でもあることから、第1章および第4章にも分類できるものだった。第4章 戦う男錦絵の武者絵、近代日本画の武将像、昭和の少年雑誌に描かれた少年剣士たち、さらに戦後のイラストやアニメに表されたヒーロー像を展示した。歌川国芳らの躍動感あふれる武者絵は、画中の詞書や巷に流布した物語を伴って、大衆のヒーローとして楽しまれた。その弟子である月岡芳年は時代の変化にあわせ、ヒーローの姿をエンターテイメントとしての武者絵から近代国家の基盤を支える歴史画に転換させた。国民の規範として仰がれる、あるいは戦意を鼓舞する性質をもつ歴史画は、戦時下において実際の戦争と結びつけて見られ、語られることもあった(注4)。こうした歴史画は、本来は「愛しい男」として見られる対象ではなかったはずだが、例えば安田靫彦が描いた端正な源頼朝像は、戦闘から離れた場所にいる現在の私たちには「美男画」として鑑賞することが可能である。ここには、頼朝という人物の背後にある物語と、画家の技術が生み出した美しい容姿という二重のフィルターが作用している。第2章で述べたように本展では「力」の象徴として描かれた男性像を取り上げなかったが、本章にはこの二重フィルターがかかった「戦う男」を集めた。これらは、美人画と性質を同じくする「愛しい男」とは異なる系統の「美男画」である。戦後の美術では抽象表現が盛んになったこともあり、「戦う美男」の主戦場は美術の世界から少年向けのマンガやアニメに移った(注5)。そして1980年前後、少女たちが「戦う美男」を「愛しい男」として消費する現象が起き始める。本展で紹介したアニメ「聖闘士星矢」(車田正美原作、東映アニメーション、1986~89年)は、女性ファンの熱烈な支持により人気を得た代表例である。こうした動きは2000年以降の「ボーイズラブ」(男性同士の恋愛を主題とするフィクション)や「イケメン(美男)キャ― 133 ―― 133 ―

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