鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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わずかに下に向けてキリストを礼拝している。キリストは、長方形の石版の上に置かれたまぐさ、その上に敷かれた白い布の上に横たわり、右手で祝福を与える身振りをとり、左手をマリアへ向かって伸ばし、左右の足を交互に持ち上げることで手足の動きを表している。ヨセフの下を指す身振りとマリアの視線の先にキリストを置くことで、下方への動きが強調されている。このような縦に並んだ聖家族および一直線に下降する運動を示す構図は、ブロンヅィーノが制作したより初期の聖家族描写には認められない。聖母マリアが顔を伏せ両手を合わせて礼拝する身振りはブタペストの同主題絵画〔図3〕からの踏襲と考えることが可能だが、上半身と下半身を逆方向へ捻る身振りの点で異なる。加えて、それ以外の二人の先行例はこれまで指摘されていない。しかしブロンヅィーノは、聖家族の構成において、15世紀から16世紀にかけてのフィレンツェ美術の伝統および発展を強く意識していたと言える。ブロンツィーノの聖家族は、次の三点の作品における先行例を鋭く意識し、融合していると考えることが可能である。縦方向の構図およびマリアの身振りについてはミケランジェロによる《ドーニ家の聖家族(トンド・ドーニ)》(1505-06年)〔図4〕、ヨセフの身振りにはラファエッロ《アテネの学堂》(1511年)のアリストテレス〔図5〕、そしてキリストには、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂西壁に描かれた《キリストの降誕》(1390年代)〔図6〕が着想源として想定できる。以上の三点の内、ラファエッロの作品のみローマで制作された作品ではあるが、画家は1504年末~1508年後半頃までフィレンツェで活動し、レオナルド・ダ・ヴィンチおよびミケランジェロが当地で制作した作品から多くを学んでいる(注13)。そのためラファエッロもまた、フィレンツェ美術の文脈に連なる画家の一人と見なすことができるだろう。第一に、類似性が最も顕著なミケランジェロの《聖家族》との関連を検討する(注14)。この作品では三人が密集して描かれている。聖母マリアは地面に座り、上半身と下半身を逆方向へ捻るコントラポストの身振りを示し、キリストはマリアの右上腕に足をかけ、それを後ろから聖ヨセフが支えている。ブロンヅィーノ作品のようにミケランジェロ作品の三人は一直線に並んではいないが、マリアとヨセフの身振りは、キリストを上下に動かすことを暗示している。ヴァザーリはこの聖家族の身振りについて、マリアがヨセフへキリストを差し出している場面、つまり下から上へ上昇する構成であると解釈した(注15)。しかしツォルナーによれば、ヨセフがマリアへキリストを手渡す場面、つまり上から下へ下降する構成であると解釈されるべきであり(注16)、この意見はキリストが身体の正面を向けて二人に支えられ、ヨセフの左手が― 157 ―― 157 ―

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