前方へキリストを押し出すように描かれているように見えるため妥当である。聖家族に暗示された上下運動が上昇であれ下降であれ、ブロンヅィーノはミケランジェロ作品に見られる人物像の上下の動きの表現に着想を得たと考えられる。ピサの作品において画家は、人物像同士の間隔を空け、腕や視線で下方に向かう動きを表現した。そうした身振りの表現によって絵画の登場人物のみならず観者に対しても場面の中心であるキリストに注意を向けるよう促している。ブロンヅィーノがミケランジェロの聖家族を解体し、再構成した理由は、参照元が円形のフォーマットであったのに対し、縦長の大きな長方形という形式に適した構図になるように工夫する必要があったからだと考えられる。ブロンヅィーノは、聖家族の構成だけでなく、ミケランジェロのマリアのコントラポストの身振りから着想を得て自身のマリアを描いている。前述したようにブロンヅィーノのマリアは下半身のポーズが明確ではないが、マントのひだから両膝を向かって右方向へ突き出していると判断できる。つまりブロンヅィーノのマリアもミケランジェロのマリアと同様に上半身を画面向かって左へ、下半身を右へ捻る身振りで表されている。しかしブロンヅィーノは、単にミケランジェロのマリアのポーズを借用するのではなく、顔と腕の角度に変更を加えた。これにより、ヨセフの頭部を頂点に、その左右の腕の直線とキリストを挟んで左右に配置された男女の背中のラインによって形成される三角形のなかにマリアとキリストが内包される構図を作り出した。聖家族が形作る三角形の頂点であるヨセフの身振りの着想源は、ラファエッロの《アテネの学堂》に描かれたアリストテレスに求められる。ラファエッロは「署名の間」と呼ばれるヴァティカン宮殿4階に位置する部屋の半円形の東側壁に《アテネの学堂》を描いた。その中心には会話をするように顔を向かい合わせた二人の男性人物像が描かれている。一人は右人差し指で天を指し示し、自身の著作『ティマイオス(TIMEO)』の書名が書かれた本を持つプラトンであり、もう一人は左向きのプロフィールで描かれたアリストテレスである。アリストテレスは右腕を前方へ突き出し手のひらを地面に向け、左腕を真っ直ぐに下ろして自身の著作『倫理学(ETICA)』を持つ。右脚を支脚とし、左脚は膝を軽く曲げて立っているため、身体全体がゆるやかなS字曲線を描いている。ブロンヅィーノは、ラファエッロのアリストテレスのポーズを左右反転し、細部を変更することで新たな身振りのヨセフを作り出したと考え得る。ヨセフは着想源であるアリストテレスよりも顔をさらに後方へ回転させ、本を持つ左手は指をさす身振りに変更し、地面に向けていた右手のひらで柵を掴んでいる。そして右膝を軽く曲げる― 158 ―― 158 ―
元のページ ../index.html#167