ことで、頭部からひざに向かってS字曲線を描いている。加えて、ヨセフと顔を見合わせ、左手で天を指さしている人物は、ラファエッロのアリストテレスが顔を見合わせていたプラトンのバリエーションであると言える。ブロンヅィーノはラファエッロの人物像のポーズを参照するだけでなく、人物像の組み合わせにも着想を得て、左右反転させる等の操作を加えることで、自らの作品に取り入れている(注17)。ブロンヅィーノは、同時代の素描アカデミー形成期におけるフィレンツェ美術と強く結びついていた中心的画家であるミケランジェロとラファエッロの作品を着想源とするだけでなく、その二人よりも前の時代の作品もまた参照していた可能性が指摘できる。先述した画家が1540年頃に制作したブタペストの同主題作品では、キリストは足を閉じて両手を体に添えた動きのないポーズであるのに対して、ピサの作品ではキリストが手足を動かし、祝福の身振りを示す点が大きく異なる。「キリストの降誕」場面で手足を動かす身振りを伴う幼児キリストの図像については、1390年代にピエトロ・ディ・ミニアートがサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂西壁に描いたと考えられているフレスコ画《キリストの降誕》が着想源の一つとして挙げられるだろう(注18)。このフレスコ画では、キリストは右手足を持ち上げ、左脚は下ろし、左手を身体の横に置いている。ブロンヅィーノのキリストは持ち上げる手足を左手・右足に変更し、顔のそばに引き付けた右手で祝福の身振りを示している。ブロンヅィーノによる持ち上げる手足の変更は、通常手足の前後運動が左右交互に行われるという解剖学的な知識を画家が反映させた可能性を示唆している(注19)。以上のように、ブロンヅィーノは《キリストの降誕》における聖家族の構成および各人物像のポーズに先行作品から着想を得ていた。聖家族を縦に配置し、ヨセフからマリア、キリストへと下る方向付けは、ミケランジェロの《聖家族》の三人を参照した。緊密に組み合わされていた三人を解体し、画家はヨセフとマリアの腕の身振りと視線によって聖家族を再構成した。またマリアは、ミケランジェロのマリア像から直接着想を得ており、上半身と下半身を捻るポーズが共通している。ヨセフはラファエッロの《アテネの学堂》の画面中央に描かれたアリストテレスに着想を得て、その人物像を左右反転し、左手でキリストを指し示すポーズに変更している。そしてキリストは、当時フィレンツェの聖堂で実見可能だった同主題のキリスト像に、特に幼児が手足を動かす身振りを表したピエトロ・ディ・ミニアートのフレスコ画のキリスト像に着想を得たと考えられる。― 159 ―― 159 ―
元のページ ../index.html#168