鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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摂、このようなものをもたらすものとして理解されていると考えられる。ダイバーシティの促進について検討部会の報告書では、作品と作者について学ぶことで「子供達は人のいろいろな生き方、人間の多様性について学んでい」(注18)るという、海外の事例が紹介されている。だが、このような学びは必ずしもアール・ブリュットでなくても可能だろう。またペリーが「作品の作者たちの精神状態との関連において作品の選出がなされているのではなく、ゆえに精神病院もしくは障害者施設で作られた全ての産物が必然的にアール・ブリュット作品になるわけではないのである」(注19)と語っているように、もともとアール・ブリュットには「作品の選出」という、包摂とは相容れない特徴があると考えられる。アール・ブリュット振興がダイバーシティの推進、包容力のある共生社会、包摂といったことにつながるのか疑問が残るところである。ダイバーシティやインクルージョンの推進というのは都が取り組んでいる政策(注20)なのだが、その背景には東京2020オリンピック・パラリンピックがある。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は、「大会を契機に、多様性と包摂(ダイバーシティ&インクルージョン、D&I)を備えた社会へと確かな一歩を踏み出すためのアクションを大会関係者とともに宣言する」として、「東京2020D&Iアクション─誰もが生きやすい社会を目指して─」という取り組みを公開した(注21)。「多様性と調和」がスローガンのひとつに掲げられた同大会開催を機に「多様性と包摂」のある社会を目指す、これが都の政治目標となっていたと考えられる。アール・ブリュット振興もこのような大きな流れの中で考えることができる。前述の報告書には、「2回目のオリンピック・パラリンピック大会開催を迎える東京において、様々な価値を見つける『まなざし』が社会の中に増え、障がいのあるなしではなく、それぞれの『人らしさ』、その『地域らしさ』とかいうものに対して『新たなまなざし』が生まれる、そのきっかけに、アール・ブリュットがなっていくものと確信しています」(注22)とあり、オリンピック・パラリンピックを見据えてアール・ブリュット振興が行われてきたのがわかる。そのような意図のもとで振興されることで、アール・ブリュットにもともと結びついていなかったダイバーシティや包摂といった語が結びつけられたと考えられ、そして、アール・ブリュットによってそれらがもたらされるか疑問が残るが、それがその実現に寄与するかのように語られている。すなわち、オリンピック・パラリンピックという社会的事象、あるいは政治目標のもとに、そのようなアール・ブリュット観が作られているということである。― 169 ―― 169 ―

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