⑰ 「天稚彦草子」諸本の研究─長文系テクストを有する絵巻の一作例について─研 究 者:成城大学 非常勤講師 大 月 千 冬はじめに「天稚彦草子」は、室町時代を中心に流行した短編小説、いわゆる御伽草子のひとつで、天の川誕生の由来、七夕の由来を説く物語である(注1)。「天稚彦草子」に関する研究として、国文学の分野においてはテクストの観点から短文系と長文系とに大別され、短文系から長文系へというおおまかな時間軸が示されている(注2)。またテクストに付随する絵画は、いくつかの系統に分類されるものの、やはり短文系から長文系へという流れを追認することができる。稿者は「天稚彦草子」を題材とする絵画作品群の総合的研究を志しており、これまでに安城市歴史博物館蔵の絵巻「七夕之本地」(赤木文庫旧蔵)を主たる考察対象とした長文系テクスト絵画化の初期的様相(注3)、長文系諸本の図様の展開過程(注4)、初期長文系諸本の系統(注5)、短文系諸本の関係性(注6)を論じ、さらに安城市歴史博物館蔵の絵巻「たなはた」の概要を紹介するとともに、長文系絵巻のあらたな展開の様相について展望を示した(注7)。本稿では、このたび実見の機会を得た石川透氏蔵の絵巻「七夕」(以下、石川本)をとりあげる。石川本は紙本著色の上下2巻の絵巻であり、詞書を翻刻した結果、本絵巻が長文系の一作例であることは明らかである。以下では、石川本の場面選択・図様を他の「天稚彦草子」長文系諸本と比較し、「天稚彦草子」作品群における位置づけを試みてゆきたい。1 石川本の制作時期について──安城市歴史博物館蔵「たなはた」および慶應義塾図書館蔵「ともなか」との比較から──先にふれたように、石川本は上下2巻の絵巻であり、上巻は縦32.8糎、横1621.2糎、下巻は縦32.8糎、横1421.5糎である。挿絵は上巻に8図、下巻に7図、計15図ある。石川本の上巻最終段(第8段)の絵および下巻最終段(第8段)の詞書の左下隅には押印があり、上下巻ともに、朱文長方印「烏丸通櫻馬塲町 御繪雙紙屋 大和大極」が捺されている。印の大きさは上巻が縦4.8糎、横3.5糎、下巻が縦4.9糎、横3.5糎である。石川透氏によれば、「烏丸通櫻馬塲町 御繪雙紙屋 大和大極」といった印は奈良― 172 ―― 172 ―
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