鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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2 「天稚彦草子」(長文系)絵画作品諸本との比較さて先述のとおり、石川本は長文系テクストを有する絵画作品の一作例であるが、長文系テクストにもとづく絵画作品の形態は絵巻のもの(4作品)と、冊子のもの(7作品)とがあり、それらにおいて絵画化されている場面は23場面(No. 1~23)に大別される。本稿では比較にあたって、3つの場面、No. 13「娘の天界遍歴」、No. 20「蛇倉における試練」、No. 22「天の川の由来」をとりあげる。これら3場面について長文系諸本間で比較したのが〔表2〕「天稚彦草子」長文系諸本(絵画作品)対照表である。以下では、この〔表2〕を用いながら石川本の特色を明らかにしてゆきたい。① 「娘の天界遍歴」の絵画化「娘の天界遍歴」とは娘が天稚彦を慕い、昇天したのち、宵の明星、箒星、昴星、暁の明星に天稚彦の居場所を尋ねるというものである。この「娘の天界遍歴」の絵画化に際しての場面選択を絵巻作品からみてゆくと、安城市歴史博物館蔵「七夕之本地」(赤木文庫旧蔵。以下、安城市歴博A本)(注18)〔図1-1〕では、画面向かって右上に宵の明星(唐風の冠をつけた成人男子)、その斜め左下に箒星(箒を手にした童子)、その斜め左上に昴星(髪を美豆良に結った7人の童子)、その斜め左下に暁の明星(輿に乗った童子)を配し、宵の明星・箒星・昴星・暁の明星という4要素が同一画面内で右から左へとジグザグ状に展開してゆく構図である。個人蔵「天稚彦草子絵巻」(以下、個人蔵本)(注19)では星々の配置や擬人化された星の姿態に安城市歴博A本と差異がみうけられるものの、やはり同一画面内に宵の明星・箒星・昴星・暁の明星を配しており、娘が雲に乗る星とともに画中に4度登場するところも安城市歴博A本と同じである。私見によると、安城市歴博A本は短文系の図様の名残をとどめ、長文系テクスト絵画化のもっとも初期的な様相を示す作例であり、個人蔵本はその後続に位置づけられるものである(注20)。これらに対して、安城市歴史博物館蔵「たなはた」(以下、安城市歴博B本)〔図1-2〕は輿に乗る美豆良の童子(暁の明星)が娘と相対し、輿の側にも5人の人物が描かれている。この5人については旧稿(注21)でも述べたように、轅を肩にかついでいないため、必ずしも暁の明星の従者とはいいきれず、その数は異なるものの昴星(7人)の擬人化とも解せられる。いずれにしても安城市歴博B本は、宵の明星・箒星・昴星・暁の明星の4要素のすべてを選択していないことは明らかである。ついで石川本〔図1-3〕では、垂髪に頭飾をつけた人物が描かれており、この人物は童子― 174 ―― 174 ―

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