鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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ではなく成人男子の姿にあらわされてはいるものの、屋蓋のついた立派な輿に乗っていることから、これは詞書の「玉のこしにのりたるとうし」、すなわち暁の明星を絵画化したものとみてさしつかえなかろう。一方、長文系冊子の諸本には宵の明星・箒星・昴星・暁の明星の4要素すべてをあらわしたものはなく、いずれも4要素のうちの1要素のみを選択している。これは冊子本という限られた紙面・スペースに適応させるための選択ということなのであろう。「娘の天界遍歴」の場面選択において、石川本は従来の長文系絵巻の定型からややはなれた傾向がうかがえ(注22)、また冊子本と近い場面選択をおこなっていることがみてとれる。ことに冊子本のうちの京都大学文学部美学美術史学研究室蔵「たなはた」(以下、京大美学本)(注23)〔図1-4〕は、暁の明星と娘の位置関係や身振りにおいても、石川本と共通していることが注目される。② 「蛇倉における試練」の絵画化石川本の詞書によると、娘は「たけ一しやうはかりなる」大きさの蛇が「いく千万」(注24)いる倉に連れてゆかれるが、天稚彦より渡された袖で対処する。鬼はこれもかなわないと思い、彼方此方に娘を連れまわした、とされる。これに対応する石川本〔図2-1〕の画面には、鬼が娘の腕をつかみ、無理やりに連れてゆこうとする様が描出されている。長文系詞書を有する絵巻作例のうち、まず安城市歴博A本〔図2-2〕をみると、画面左上方に多数の蛇が蠢く倉を配し、鬼は娘の前に立ち、蛇倉へと導いている。続いて個人蔵本と安城市歴博B本〔図2-3〕では画面左方に配された倉の中に娘が坐し、倉の前に鬼がいるという構図となっている。蛇は倉の中で蠢いているものも、今から倉へ這い入ろうとするものもいる。このように長文系絵巻諸本においては、石川本のように鬼が娘を連れまわす様を描いたものはみうけられない。長文系冊子本群の場合、「蛇倉における試練」が絵画化されているのは6作品である。まずフランス(パリ)国立図書館蔵「七夕」(以下、パリ本)(注25)と仙台市博物館蔵「七夕」(以下、仙台市博本)(注26)は、屋外において武器を手にした鬼が娘の脇に立ち、蛇を娘の方へ差し向けようとしており、パリ本には建物の一郭も描かれている。ついで大阪府立中之島図書館蔵「七夕」(以下、中之島本)(注27)〔図2-4〕― 175 ―― 175 ―

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