鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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と静嘉堂文庫蔵「七夕物語」(以下、静嘉堂本)(注28)、公文教育研究会蔵「七夕物語」(以下、公文A本)(注29)では、娘は倉に押し込められ、倉の前に鬼があらわされている。蛇は中之島本では倉の中へ這い入ろうとし、静嘉堂本と公文A本では、倉の中で蠢いている。一方、京大美学本〔図2-5〕をみると、倉の前で鬼が鉄の棒をふりあげ、娘の髪をつかんで連れまわそうとする様が描出される。この京大美学本と石川本の画面を比較すると、鬼の持物の有無や娘の腕や髪の毛といった引っ張られる部位の差異はあるものの、両本とも鬼が娘を連れまわすシーンを描いているという点で、絵画化に際しての場面選択・図様において他の長文系諸本とは明らかに異なっている。③ 「天の川の由来」の絵画化石川本の詞書によれば、鬼神が娘に対する悪行を懺悔しているところへ天稚彦が訪れる。天稚彦は娘に、月に1度、毎月7日に会うことを約束して別れるが、娘がそれを1年に1度と聞き違えて泣いたため、その涙が天の川となる。今日彦星というのが天稚彦で、織姫は娘である。また天稚彦は勢至菩薩の、娘は如意輪観音の化身であり、鬼神は愛染明王が身をわけたものであったという。石川本〔図3-1〕の画面をみると、上から下へと川があらわされ、川を隔てて天稚彦と娘が向かい合っている。天稚彦と娘の間、すなわち川面の上には矛を手にし、頭飾をつけ、髭をたくわえた乗雲の人物が描かれている。この人物は鬼神と同じく緑色の衣を着ているが、肌の色は赤くはなく、その顔貌は鬼神とは異なるものである。なお画中の天稚彦と娘は、いずれも雲に乗る唐装の姿で、しかも頭光をつけている。これは、天稚彦は勢至の、娘は観音の化身であったとするテクストに応じた表現であるとみられる。これに対して長文系絵巻の安城市歴博A本〔図3-2〕は、天の川をはさんで向かい合う冠直衣姿の天稚彦と袿姿の娘、娘の傍らに鬼神がいるといった画面構成となっており、天稚彦と娘は、石川本のように雲に乗り、頭光をつけた唐装の姿ではない。個人蔵本と安城市歴博B本〔図3-3〕(注30)もほぼ同様である。ついで長文系冊子本群において「天の川の由来」が絵画化されているのは6作品である。公文A本〔図3-4〕の画面をみると、天の川を隔てた建物内に、それぞれ冠直衣姿の天稚彦と袿姿の娘が坐して向かい合い、鬼神は娘の側に描かれている。中之島本でも天の川を隔てて天稚彦、娘と鬼神を配しているが、建物は描かれていない。― 176 ―― 176 ―

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