鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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⑱ 博物画家・伊藤熊太郎に関する研究─明治から昭和初期における日米博物図の美的世界─研 究 者:埼玉県立大学 保健医療福祉学部 准教授  牧 野 由 理はじめに博物図は動植物を忠実かつ精密に写生したものであり、西洋ではルネサンス以降、諸科学とともに急速に発展してきた。日本では近世以降、本草学の隆盛によって博物図譜やその周辺の書物が数多く著され、絵師や大名、職人など幅広い人々によって執筆された(注1)。近世までの動物図・植物図についてはすでに幾多の研究成果が挙げられているにもかかわらず、近代の博物図の美術的な特質に焦点をあてた研究はほとんどみられない。本稿でとりあげる明治から昭和初期にかけて活躍した博物画家・伊藤熊太郎は、明治期に米国のアルバトロス号による海洋調査に日本人絵師として参加した人物である。伊藤による博物図の原画が東京海洋大学や大日本水産会、スミソニアン自然史博物館等に多数残され、平成29年(2017)には東京海洋大学で原画展示が開催された。令和4年(2022)に国立科学博物館で開催された企画展「残して伝える!科学技術史・自然史資料が語る多様なモノガタリ」展では伊藤の原画が一部公開されたものの、その研究は緒についたばかりである。近年、伊藤の博物図について国際的な評価が高まり米国において盛んに研究が進められているものの、日本では伊藤の博物図の美的側面に焦点をあてた研究は行われていない。そこで本稿では、明治から昭和初期にかけて日米で活躍した博物画家・伊藤熊太郎を対象とし、伊藤の経歴や日米に現存している博物図の原画、教育掛図、アルバトロス号での無脊椎動物の写生等の調査によって伊藤による博物図の特質を検討する。あわせて明治から昭和初期にかけて、日米において活躍した博物画家のまなざしを探る。1.博物図とは博物図は動植物を忠実かつ精密に写生したものであり、18世紀にはフランスの宮廷画家として植物画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ(1759-1840)が活躍し、19世紀イギリスのウォルター・フッド・フィッチ(1871-1892)はヴィクトリア朝時代に最も有名で多作といわれた植物画家であった。日本では近世に入ると狩野探幽や尾形光琳などが写生図巻をのこしており、江戸時代中期には本草学の隆盛や蘭学の影響によって、博物学的・科学的な正確さをもった― 184 ―― 184 ―

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