鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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作の意匠について分析し、どのように変化したかをすでに検討した(注11)。磯井如真と同じく音丸耕堂も、流行や他の出品作家の影響を受けて意匠を変化させていた。その意匠の特徴は大まかに①モティーフを抽象化し器物の形を意識した装飾的なもの、②蓋部分を一画面とした絵画性の強いもの、そして③《彫漆月之花手箱》のように器物全体に巻きつくようにモティーフをあしらったもの、と移行していった。例えば、昭和9年(1934)の第15回帝展に出品された《彫漆双鯰之圖料紙箱》は、幾何学的な模様、アクセントとして使われた黄漆が特徴的であり、昭和11年(1936)選奨候補となった《堆朱八稜菓子器》は、海老と薺等の植物を菓子器に八角形の面に交互に配置し、モティーフの形態は図案化されやや幾何学的に表現されており、①に分類される。昭和13年(1938)、第2回新文展に出品された《彫漆昆虫譜色紙箱》は、リンドウ、露草等の秋草を背景に、蝶、トンボ、コオロギ等の昆虫を彫りだしたものである。本作は、それ以前の音丸耕堂の作品とは違い、器物の形に沿って幾何学的な模様と抽象的なモティーフが左右対称な構図をとって配されてはいない。絵画のように秋草と昆虫が彫漆の技法で表現されていて、蓋表を一画面として平面作品のようにも捉えることができ、②に分類されるだろう。ここまで、磯井如真と同じように、幾何学的で器物の模様としての意匠から、絵画的な表現へと変化していっていることが理解できる。さらに、第4回新文展の《百合手箱》では、これまでのように箱形にそって枠内にモティーフを配置していく意匠ではなく、箱全体を埋め尽くすように百合の葉と花を配する意匠を取っている。磯井如真《彫漆石南花之圖手箱》〔図4〕と同じように箱全体を一つの画面のように表現しており、少なからず磯井如真の特選作を意識していたのではないか、と予想される。そして、昭和17年(1942)第5回新文展に出品した《彫漆月之花手箱》が念願の特選となる。夕顔の花、つぼみと葉と蔓が、前年の《百合手箱》のように箱全体に巻きつくように彫られている。モティーフは簡略化されており、前面の夕顔の葉は黒漆一色で表現され、その点は他の官展出品作に共通している。当時の作品評には「影絵の夕顔を高く刻出したところに効果的な手法も見える(注12)」、「花を彫漆によって浮び上らせ見事な立体感を出した佳品である(注13)」とあり、彫漆の技法が意匠に効果的に働いた作品として評価されていたようだ。色数は多くないものの、夕顔の花には塗り重ねた漆の微妙な色の違いが斑紋のように表れ、前景の葉と背景の黒の間に映え作品に奥行きを与えている。筆者が、③《彫漆月之花手箱》のように器物全体に巻きつくようにモティーフをあ― 198 ―― 198 ―

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