⒂ 本作は現在は所蔵が不明となっている。⒃ 昭和30年(1955)に、無形文化財の保護育成を図るために設立された日本工芸会が主催する展覧会で、昭和29年(1954)から年1回毎年開催している。文化財保護法の趣旨にそって、日本の優れた伝統工芸の保護と育成を目的とした展覧会である。⑾ 石田智子「音丸耕堂の官展出品作について」『音丸耕堂─華麗なる彫漆世界』高松市美術館、⑿ 渡邊素舟『旬刊美術新報』(『日展史 第14巻新文展2』社団法人日展、1984年)⒀ 林翠『旬刊美術新報』(前掲書『日展史 第14巻新文展2』)⒁ 狩野永笑親信(文政2年[1819]~明治21[1888])は、高松藩絵師で狩野厚信の子。《堆朱二⒄ 前掲書『没後50年 磯井如真展』、77頁⒅ 磯井如真「人間国宝の憶い出」『さぬき美工』創刊号、讃岐美工社、1963年⒆ 石田智子「狩野探幽筆 《桐鳳凰図屏風》 と鳳凰図様の伝播」『東アジア文化交渉研究 東アジア⒇ この屏風は、象谷も仕えた第10代藩主松平頼胤のもとに嫁いだ将軍家斉の娘・文姫の婚礼調度本研究の調査にあたり、多大なご協力を賜りました太田加津子氏に感謝いたします。図版出典図1~3、4、8、9 『没後50年 磯井如真展』(高松市美術館、2014年)図2 『玉楮象谷』高松市美術館、2004年図4 『日展史 第13巻新文展編1』社団法人日展、1984年図5、6、10 『音丸耕堂─華麗なる彫漆世界』高松市美術館、2018年図12 『不滅のシンボル 鳳凰と獅子』サントリー美術館、2011年図7、9部分、13 筆者撮影2018年重彫御鼓箱》の下絵は現在は高松市美術館の所蔵。文化研究科開設記念号』関西大学大学院東アジア文化研究科、2012年品であったが、文姫が早世したため、その弔いとして寺に寄進した。― 202 ―― 202 ―
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