鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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2.知られざる江戸名所絵本─美辰画『そこらうち』この時期の江戸名所絵本のなかでも、とりわけ広域にわたって多数の地を収めるのが、朱あけ楽ら菅かん江こう門人の梓あずさのなみかど並門が編んだ『そこらうち』(享和3年〈1803〉刊)半紙本2冊である。国文学研究資料館日本古典籍総合目録データベースには別名『江戸名所狂歌集』として登録されるが、本稿では原題簽に従って『そこらうち(楚古良宇知)』と称する。「美辰筆」という落款が巻頭の1図に書き込まれるものの、ほかにこの名が付された作品は知られず、また浮世絵というよりは俳画風の略筆で描かれるこの作品が注目されることはほとんどなかった(注8)。しかしなにより、この時期にあって乾坤2冊にわたって102箇所という数多くの地を描いているという点は、本作を除いてもっとも多くの地を描く蕙斎の『江都名所図会』の50景の倍以上にあたるだけに特筆される。筆致は素朴ながらも江戸名所の図像史のなかに銘記すべき作品と考えられる。奥付には石渡利助・大和屋久兵衞・和泉屋新八・角丸屋甚助・伊勢屋喜兵衞の5肆の名が並ぶ。現存が把握できる伝本としては、国立国会図書館・大妻女子大学図書館・カリフォルニア大学バークレイ校三井文庫(注9)の各蔵本ほか、乾坤2冊のうち大妻女子大に乾冊のみの別本があり、報告者も坤冊のみ架蔵している。この作品に取りあげられる地名を以下に列挙しておく。表記は原文通りとするが、各地の知名度に応じて[ ]内に推定も含めて補足情報を付記する。(乾)堺丁、浅草、今戸、牛御前、御殿山、目黒、梅若、[芝]魚籃[観音]、飛鳥山、日暮[里]、薬研堀、伝通院、柳原、目白、赤城[明神]、内藤新宿、高田、日本堤、[日本橋]鎧渡、淀橋水車、青山高徳寺桜、麻布一本松、芝浦鹿島、新田明神、白鬚宮、平川天神、吾妻杜、神田明神、不忍池、萩寺、[青山]円座松、亀井戸、茅場丁、駒場野、海晏寺、十二社、根津、猪の頭[井の頭]、浅茅原、堀の内、小田原丁、染井、日本橋、品川、王子、湯島、関屋里、羽根田弁才天、真崎、富ヶ岡(坤)[高田]姿見橋、芝金杉毘沙門、[本所]扇橋、御茶水、愛宕、池上、妙見、溜池、姫が井戸[山下門・幸橋門間]、霞ヶ関、増上寺、山王、神楽坂毘沙門、[白金]梅が茶屋、佃島、[赤坂]氷川明神、芝神明、滝の川、浅草門跡、[青山]仙寿院、羅漢寺、[芝]江戸見坂、[渋谷]金王桜、鎌田[蒲田]梅、[葛飾]木下川薬師、[八丁堀]桜川、両国、白糸滝[未詳]、築地門跡、[湯島]聖堂、白山、待乳山、三囲、駒形堂、玉川、雑司ヶ谷、駒込富士、[新宿鳴子]常円寺桜、板橋、牛天神、上野、隅田川、永代橋、大森、秋葉、穴八幡、市ヶ谷八幡、浅草富士、― 15 ―― 15 ―

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