鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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NG1034)の天上で舞う12人の天使との関連が指摘されるものである(注8)。キリストの受肉と聖母マリアの恩恵のとりなしによって、天に栄光の光が開かれ、地に平和がもたらされる、という解釈である。『天啓大綱』の冠の挿絵にほど近い箇所には、別の挿絵「サヴォナローラを聖母の玉座に導くヨセフ」〔図9〕が付されている。サヴォナローラが天使の歌声のなか天の門を叩き、ヨセフに導かれて聖母マリアに会い、フィレンツェ市民の罪のために失われてしまった神との約束を取り戻そうとする場面である。聖なる存在に手を引かれる人間という組合せは、アントニオ・デル・ポッライウォーロやヴェロッキオの《トビアスと天使》を彷彿とさせるが、腕を絡ませたり指先を繋いだりはせず、手首をつかむような様子は、むしろフィリッピーノ・リッピが1480年頃に描いた同主題の絵画に近しい表現かもしれない(注9)。と同時に、導かれる存在(トビアス、あるいはサヴォナローラ)が片手を上げ驚きつつも従順に導かれていくさまは、ボッティチェッリの《コンベルティーテ祭壇画》画面左下に見られる奇妙な比率のトビアスと天使に近いように思われる。いずれにせよ、天に遣わされた使節であるサヴォナローラが聖母マリアの夫・ヨセフの導きで役目を果たそうとする物語は、トビアスが大天使の庇護のもと旅をする物語と共通する構造をもっている。サヴォナローラが神的な存在に守られ、聖なる役目を負わされていることを、表象しているのである。報告者はこれまでの研究で、ボッティチェッリの《神秘の降誕》前景の天使と人間の抱擁が神と人間の和解を示す可能性を指摘し、サヴォナローラ思想の影響を読み取ろうと試みてきた(注10)。《神秘の降誕》とサヴォナローラが説く「神との和解」を結び付ける重要な要素のひとつが、上述の「聖母マリアの12の恩恵」の挿絵であったが、加えて「サヴォナローラを聖母の玉座に導くヨセフ」も、神との和解を求め聖母のとりなしを求める場面であるだけに、報告者の考えを補強するものと言える。挿絵に登場する天使やヨセフは、《神秘の降誕》の登場人物でもある。『天啓大綱』に含まれる挿絵のうち特に象徴的なふたつの挿絵が、《神秘の降誕》と同様、神と人間の和解に関わるものであり、また聖母マリアの恩恵を讃えるものであることは、この著作が、和解やとりなしを主題としたボッティチェッリの制作における重要な典拠となった証左と考えられるのではないだろうか。ボッティチェッリが1496年刊行の『天啓大綱』を実際に目にし、そこから《神秘の降誕》制作に関するなんらかの手掛かりを得た可能性が、一層強調されたと思われる。― 262 ―― 262 ―

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