鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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3.「都市の情景」によるメッセージ性挿絵のいくつかにはその後景において、特徴的に都市の風景が描かれている。実際、実在の諸都市のシルエットを天のイェルサレムの象徴的イメージとするのは、こと15・16世紀においてはめずらしいことではなく、またサヴォナローラが繰り返し語った「新たなイェルサレムとしてのフィレンツェ」というキーワードを盛り込むためにも、都市の情景は利用された(注11)。大聖堂のクーポラや城壁をもつ都市の風景は一定程度匿名性が確保されていると同時に、特定の市民にとっては自らの街を意味するものでもあった。ベニヴィエーニの『論考』に含まれる挿絵〔図13〕は、ボッティチェッリの《神秘の磔刑》〔図21〕との関連が指摘される作品で(注12)、かなり具体的なフィレンツェの情景と街名があらわされている。ここでは、神の怒りの剣が振り下ろされ滅びる街(ローマ、フィレンツェ)と救われる街(イェルサレム)が十字架の左右に描かれている。実在の都市を組み込むことでより迫真性をもってサヴォナローラの幻視を伝え、フィレンツェの都市と市民に悔悛を脅迫的に訴えかける警鐘が込められているのである。この構図は《神秘の磔刑》にも共通してみられ、同様に改悛を迫る性質を帯びている。これほどに明示的でなくとも、大聖堂の脇に鐘楼が立つ情景は、同時代のフィレンツェ人にとっては自らの街・フィレンツェを十分に想起させたはずである。サヴォナローラの説教は常にリアルタイムな内容を孕んでいて、街に起こった出来事を神の意志と結び付ける巧みさがあった。修道士の言葉とともに、挿絵に組み込まれた都市の情景は、この上ないリアルな表現として市民の意識に訴えかける。都市の情景は単なる絵画的要素として置かれているのではなく、明確なメッセージ性─今まさにこの場所で起きているのだという切迫したインパクト─をもって立ち現れるのであり、世紀末の混沌とした雰囲気が漂うこの時期の宗教絵画・宗教著作挿絵に共通してしばしば用いられるひとつの特徴的表現だということができるだろう。4.「書斎の賢者」のイメージ刊行物に含まれるサヴォナローラの姿を描いた挿絵には、よく知られるフラ・バルトロメオによる横顔の肖像画〔図22〕のヴァリエーション、説教や議論など修道士の行動を描いたもののほかに、書斎で書き物をする姿が多数見受けられることに気付く。存命中から死後に至るまで、このイメージが保持され描かれ続けるのも特徴的である。この「書斎で書き物をする修道士」というイメージは、サヴォナローラが多くの刊行物を出版した事実からも真実味を帯びるもので、同時に、先行する絵画作品と― 263 ―― 263 ―

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