㉖ 小磯良平《働く人びと》壁画(1953年)における社会背景と図像表現の研究研 究 者:神戸市立小磯記念美術館 学芸員 多田羅 珠 希昭和28年(1953)、洋画家・小磯良平(1903-1988)が第17回新制作協会展に発表した《働く人びと》〔図1〕は、神戸銀行本店の壁画として制作された。縦194.0cm、横419.0cmの本作は小磯の画業の中で最大の作品となった。作品名のように、画中には「働く人」とその家族と思われる人物が表されている。画面右には建物を建てる人、同中央には魚や収穫物を持った人、左には実った葡萄の木の前に腰を下ろす人らが描かれる。後に神戸銀行は数度の合併を経て名称を変えていくが、本作は2002年に小磯記念美術館に運ばれ、翌年に寄託されるまで、同行の壁面を飾っていた。《働く人びと》は、先述のように小磯の最大の作品であるだけでなく、「働く人」、すなわち労働者という小磯作品においては社会性の強いテーマ設定や、西洋美術の歴史を強く意識していると思われる図像の表現において、特筆すべき作品である。本作について、これまで主題や図像表現について様々に語られてきたが、制作経緯など基礎的な情報の確認がなされてこなかった。本稿では、まず当時の雑誌等にあたることで、本作の制作経緯や加筆の詳細を確認する。次に、先行研究を参照しつつ図像表現を検討する。最後に、1950年代に発表された関係の近い画家の作品との比較から「働く人」という主題設定の同時代性に注目することで、本作品の重要性を再確認したい。制作経緯昭和59年(1984)、太陽神戸銀行取締役相談役の岡崎忠は《働く人びと》について、以下のように回想している(注1)。 ありがたいといえば、戦後間もなくの二十八年、小磯さんにお願いして、「働く人々」を銀行のために描いていただきました。働く人たちの尊さを描かれたこの絵は、物が乏しく、人々の気持も暗くすさみがちであった当時、当行本店営業部の壁間を飾って、その後長く、お客様はじめ多くの方々に感銘を与えました。この大作は当行だけでなく、神戸の宝物と思っています。岡崎は昭和28年(1953)当時、神戸銀行の取締役頭取であった(注2)。岡崎の回想からは、銀行の依頼で本作が制作されたことが確認できる。「働く人」という主題― 271 ―― 271 ―
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