会をむしろ樂しみにして仕事をした。しかし壁画はあくまでその條件があることを知つて勉强になつた。一ヶ月程その場所にはめてみてよく判つた事は猪熊君が荒く、平面に描けと云つたのだが事実はそのとおりであつた。この夏一ぱいアトリエに持ちかえつて手を入れた。今日の壁画としては古いスタイルかもしれないが、私の順序としてこれが適当と思つた。次の機会を待つて又いいものを描きたい。壁画はやつてみなければ判らない、別のむつかしさもそして面白さも味わう小磯良平事が出来る。 同パンフレットには、本作の図版が掲載されている。やや左端と上下が切れているものの、パンフレット用の写真を撮影した時点での作品の構図が分かる。パンフレット掲載の図版〔図4〕と現在の作品写真〔図1〕を見比べることによって、小磯が画面に加筆を行っていることが分かる。変更部分の詳細を見る前に、加筆が行われた経緯を確認したい。『朝日新聞』昭和28年(1953)6月5日号は、キャンバスに筆を入れている小磯の写真〔図5〕とともに、制作時の様子を報じている。記事によると、壁画は制作途中であっても、6月11日に開かれる神戸銀行本店新館の完工式に一度壁面を飾るという。さらに小磯の話として、秋までに完成すれば、新制作展に出品するつもりであると報じている。実際に本作が《働く人》という作品名で出品された第17回新制作展は、東京都美術館で9月21日から10月7日まで開催された。その後、大阪市立美術館にも巡回し、11月27日から12月6日まで本作も展示されている。すなわち、6月上旬から神戸銀行の壁に1か月程展示し、実際に設置した場合の様子を確かめてから、アトリエに持ち帰って加筆し、9月の展覧会に陳列したという流れが想定される。パンフレットには、修正前の、完工式のタイミングの写真が掲載されたと考えられる。夏に加筆修正を行っているところと思われる当時の小磯の写真が残されている〔図6〕。この時、作品下部にいくつか修正が加えられた。まず左下に描かれた左向きの2羽の鴨は、かぼちゃ、やかん、藁籠と麦わら帽子に変更された。楕円体状のものが入った籠もあるが、何であるかは分からない。また、中央右側に立つ男性の足元を囲うように置かれていた浮きは、隣の女性たちの前を横切る形に変更された。これらの変更により、地面に置かれた道具類が弧を描いて3つの場面をつなぎ、構図に一体感がもたらされている。より細部の変更点としては、真ん中で乳児を抱える女性に腰巻状の布が追加されたこと、地面にかがむ女性の前にあった魚がレンガに変更されたことなどが挙げられる。『美術手帖』および『アトリエ』昭和28年(1853)11月号で新制作― 273 ―― 273 ―
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