鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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展出品作のひとつとして掲載された図版では現在の作品の姿と変わらない。昭和30年(1955)発行の『世界美術全集 第28巻』(平凡社)掲載の図版は、ほぼこの時のものと同じだが、右下のサインがない図版が採用されており、その理由は不明である。その後、もう一度小磯が本作に筆を入れている写真が残っている〔図7〕。昭和58年(1983)10月15日より姫路市立美術館で開催された「神戸新聞創刊85周年記念 小磯良平展」に出品された時のものだろう。画面に目立つ変更は見られないことから補彩にとどまったものと考えられる。人物の下絵と道具《働く人びと》は大きく3つのパートに分かれている。まず右のグループは、大工、左官と母子が描かれている。手前にレンガを積む男性と乳児を抱く女性、中景にハンマーを手に持つ人、後景には建物を建てる人々が描かれる。第2に中央部は、漁師、稲の束を手にする女性と乳児を抱く女性が描かれる。漁師たちの膝元には魚を包む女性と、さらにその後ろには小型の舟が置かれ、遠くに港に立つクレーンが見える。褌をしめた青年は、2匹のカツオが入ったタモ網を肩に担ぎ、一本釣りに使ったと思われる糸を右手に下げている。後景には遠近法を無視しキュビスム風に様々な側面を見せる建物群の構成が見られる。最後に、左の部分を見ると、乳児を抱き上げる女性と彼女たちに視線を投げかける女性、くつろいだ姿勢の男性が描かれる。手前にやかんや脱いだ麦わら帽子があることから、労働の合間に休息をとっている様子だろうか。制作にあたり、小磯は下絵となる人物素描を数多く描き、それらを組み合わせた。その一部が、現在も美術館等に保存されている〔図8〕。下絵は人物像が中心で、道具についてはほとんど確認されない。制作当時の写真には、参照したと思われる道具が床に置かれているのが見える。籠の近くに置かれたかぼちゃは、小磯自身が育てたものかもしれない。食糧事情が悪い戦後、仮住まいをしていた時期に小磯は自らかぼちゃを育てていた(注6)。本作のかぼちゃの赤は画面上でアクセントとなっているだけでなく、豊穣な秋を感じさせる役割を果たしている。古代ギリシャ彫刻の参照と現代性本作では、浅い空間に人物が横並びに配置されている。これは既に辻智美が指摘しているように、小磯が所有していたパルテノン神殿の浮彫彫刻のレプリカから採られたものと考えられる(注7)。このレリーフは早いものでは昭和25年(1950)第4回美術団体連合展で発表した《青いリボン》〔図9〕の背景に登場する。小磯が同展パ― 274 ―― 274 ―

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