ンフレットに寄せたコメントでは、「背景のレリーフはパルテノンの内陣のです ルーブルにあるもの(石膏)一寸めずらしい古道具屋でみつけたものです」とされている。この作品では物としてのレリーフが背景に描きこまれるが、レリーフの群像表現は次第に構図にも取り入れられていく。《働く人びと》で、女性たちが身に着けている白い簡素な衣服も、レリーフに由来するものだろう。白い布を簡単に縫製した衣装は、この時期の小磯の絵画にしばしば描かれる。小磯は『週刊朝日』1955年11月6日号表紙絵に、類似の衣装を身に着けた女性を描き、衣装が「お手製」であることを明かしている。一方、男性が身に着ける服については、より現代性が強い。真ん中でタモ網を持つ男性は、褌をしめている。井上章一は『ふんどしニッポン』(注8)で《働く人びと》を取り上げ、当時はまだ労働の現場で褌を見せることが憚られる前であったことを指摘している。小磯が単に古代ギリシャのレリーフを再現しようとした訳ではないことは、背景の風景に当時の神戸が参照されていることからも分かる。中央奥のレンガ色の建物は、神戸市中央区にある神戸栄光教会を連想させる三角のファサードと塔を見せる(注9)。その左隣に青い屋根が描かれているのは、同教会の南に位置する兵庫県公館であろう。港を見下ろすという風景自体、山と海の近い神戸に特徴的なものであり、先述の『朝日新聞』記事でも「神戸の港や各所からみた風景がつなぎ合わされ背景になっている」ことが明かされている。西洋絵画の伝統を継承する小磯は、昭和26年(1951)に著した『人物画の話』にて、西洋の群像表現が古代ギリシャの神殿を飾る浮彫彫刻に「すでに充分に構図しつくされているといってもいいでしょう」(注10)と語り、以後の時代はすべてここから学んでいるという解釈を発表している。すなわち《働く人びと》は、古代以来の西洋美術の伝統に準拠した群像表現で「現代」日本の労働者の姿や女性像を描くことで、その歴史に連なり、先端に位置することを強く意識したモニュメンタルな作品であったと考えられないだろうか。小磯が参照したのは古代ギリシャだけではない。辻(注11)は、《働く人びと》背景の建築物について、ピエロ・デッラ・フランチェスカの《十字架の発見と検証》(アレッツォ、サン・フランチェスコ聖堂)の背景を参照した可能性を示唆している。また、テオドール・シャセリオーの壁画《平和》(ルーヴル美術館)に描かれた、母子― 275 ―― 275 ―
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