鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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㉘ 20世紀前半の西欧の「宣教美術」にみるアジア・イメージ研 究 者:インディペンデント・リサーチャー  古 沢 ゆりあはじめに本研究の目的は、20世紀前半、特に1920年代~30年代を中心にヨーロッパのキリスト教界でおこった「宣教美術」と、その中にみるアジア・イメージを対象とし、西洋人宣教師らのネットワークによる各宣教地での宣教美術の創出の奨励と、それに呼応したアジアの美術家たちについて、当時の国際的な人と作品の移動と受容を、西洋での博覧会やコレクション、出版といった場を手がかりとして探ることである。これまで、キリスト教美術の非西洋での展開に関しては、大航海時代に端を発する異文化接触の時代における「受容」論や「適応」論の文脈で論じられてきており、その分野での先行研究の蓄積は大きい。例えば、ラテンアメリカの植民地美術や、日本のキリシタン美術などである。それに対して、近代以降のキリスト教美術に関しての研究も近年進展している(注1)。こうした流れの中で、本研究では、西洋美術で繰り返し描かれアジアにも伝播した聖母子等の図像が、受容と適応の時代を経たのち、近現代においていかに変化し展開していったのかに着目する。宣教美術(伊:arte missionaria、英:missionary art)とは、宣教師がアジアやアフリカなどの宣教地において奨励したキリスト教美術の一形態である。その土地の人の服装や容貌で表されたイエスやマリアなどの宗教画のほか、その土地の伝統工芸の手法や素材で制作された教会美術などがある。現地での布教の手段として用いられたほか、ヨーロッパへ持ち帰られ、博覧会での展示や出版物によって広められた。カトリックにおいて布教と美術は密接に結びついてきた歴史があり、宣教美術の語は広くそうした美術を指すことができるが、本論文では、1920年代からチェルソ・コスタンティーニらの主導によって各地で創出された現地の様式による美術の潮流を、カトリックにおけるひとつの芸術運動としてとらえ、宣教美術の名称で指すこととする。宣教美術は、アジアやアフリカの広範囲で行なわれたものであるが、本論文では、その中から日本の事例を中心とし、関連のあった中国やフィリピンなどアジアの国々にもふれつつ、作品に表現されたアジアのイメージとヨーロッパにおけるその評価についてみていきたい。なお、アジアのイメージは、図像や素材、技法など広範囲に及んでいるが、本論文では紙幅の都合上、各地の宣教美術に広く共通してみられる図像のひとつ、現地の衣服(和服など)を着た現地女性の姿をした聖母に焦点を当てる。― 293 ―― 293 ―

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