鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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元にしていることが指摘されている(注30)。さらにこのジャンボローニャの作品は、ラルメがあげているように、ジャン=アントワーヌ・ウードン(1741-1828)の《ディアナ》(1776)(注31)や、19世紀においてはリュードの《有翼のサンダルを付け直すメルクリウス》(1834)〔図4〕などのインスピレーションの源であった。ジャンボローニャの《メルクリウス》は、前後に伸ばした右手と右足が、弧を描くような旋回する三次元的造形となっており、鑑賞者は周囲を回りながら眺めることによって、連続して展開する身体の動きを感じることができる。一方、ファルギエールの作品では、前後に出された手足は《メルクリウス》の左右を入れ替えたものとなっているが、とりわけ左手は弧を描きながら頭の前へと出されており、後方へ上げられた左足へとジャンボローニャの作品のように流れをつくっている。しかし、基本的には膝の曲げられた左足のつくる面が正面として規定されており、これによって鶏と少年の顔が捉えられるようになっている。マニエリスティックなジャンボローニャの作品に比べて、平面的で明快な構成がここではとられているのである。こうした構成上の変化に加え、リュードの《有翼のサンダルを付け直すメルクリウス》にみられるような、顔を後ろへと振り返る動作を加えているといえるだろう。このように過去の造形のパッチワークを行いつつ、左右を入れ替え、さらにメルクリウスのような古典的主題ではなく、古代ローマを舞台にしてはいるがあくまでも少年の裸体表現を主眼とした作品に仕上げているのである。《タルチシウス、キリスト教の殉教者》(1867)〔図2〕は《闘鶏の勝者》と対照をなす作品だとラルメによって語られている。「《勝者》、これは異教であり、純然たる興奮であり、肉体への崇拝であり、生きることの喜びである。一方、《タルチシウス》はキリスト教であり、いずれ消えてしまう物質的なものを通して明らかになる不死の魂の輝きであり、信仰のために死ぬという逸楽である。」(注32)近年の作品解説等でも言及されているように、この《タルチシウス》はステファノ・マデルノによるバロック期の名高い作品、《聖チェチリア》〔図5〕から影響を受けている(注33)。これまで引用されたことはなかったが、以下の当時の引用では(彼の死後に発表された記事ではあるため、すべてを鵜呑みにすることはできないが)、このことが明確に語られている。 私は彼[ファルギエール]にこう尋ねました。「人はあなたが《若き殉教者》構想する際に、トラステヴェレの聖チェチリア大聖堂にある聖チェチリア像にインスピレーションをうけたと主張していますが。」― 312 ―― 312 ―

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