鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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を曲げて腰に当てられ、その腰つきを強調する。ファルギエールは当初、臀部を強調するという《アフロディテ・カリピュゴス》のある種の俗なる表現に興味をもち、これを新たに図像に取り入れようと考えたのだろう。ただ、『イリュストラシオン』誌の挿絵においてこの作品が正面からとらえられているように、《アフロディテ・カリピュゴス》のような正面と後方の対比を見せるということが表現の主眼にはなっておらず、あくまでもオンファレという古代の人物を正面から堂々と捉えることを第一に目指している。ここにもまた、ファルギエールの造形観、すなわち過去の古典作品に想を得てはいるが、それは規範として受容されているというよりも、むしろ全く異なる主題(この場合はオンファレ)へと変更され、元の図像のもつ意味あいさえもそこまで重視されなくなるという態度が見て取れる。事実、当時のヴィラ・メディチ館長であったシュネッツのアカデミックな方針を満足させることができなかったために、ファルギエールは《ヌッチア》に加えて、古代に取材し裸体像であるところの《オンファレ》を制作したようである(注42)。《オンファレ》に対して、《ヌッチア》はあらゆる意味で対照的な作品となっている──裸体と着衣、大理石とブロンズ、運動性と静止、古代と現代、理想と世俗性。そして一方は古代の図像を微妙に修正した引用からなる像であり、もう一方は現実のトラステヴェレの女性を、堂々と捉えたものである。ファルギエールは、古典古代を中心に形成される芸術的ヒエラルキーが弱まりをみせるなかで、過去の造形の多様なストックから自由に引用しつつ、全く俗なる主題の表現も試みた。このふたつの傾向を同時に実現することにこそ、彼の制作の本質はあるといえ、以上論じてきたような初期作品を経て、ファルギエールの制作は発展していくことになる。3.おわりに:ファルギエールの後期作品に向けて以上、ファルギエールのヴィラ・メディチ滞在を挟んだ初期作品をもとに、彼の制作の基調となるような手法を分析してきた。それは、アカデミックな規範からは目を背け、自然を追求するという彼の言説のうえでの態度とは裏腹に、過去の造形作品の図像を絶えず意識したものであった。こうしたスタイルがゆえに、反アカデミスム的な態度をとりながらも、ファルギエールはアカデミスムの中心で引き続きキャリアを築くことができたと考えられる。その後も、彼は大規模なモニュメント作品に加えて、《ディアナ》や《カインとアベル》、《バッカント》、そして《踊り子》といった人物像を制作していく。これらの作品もまた、初期作品に続いて、古典的な主題、手法にならいつつ、そこにファルギエールなりの現代性が加えられていく。そのなかで、写真― 315 ―― 315 ―

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