タイトル式場隆三郎『文学的診療簿』人文書院 昭和10年(1935)11月。初出:『臨床医学』昭和8年(1933)12月号。「精神病者の絵画及筆蹟」式場隆三郎『文学的診療簿』人文書院 昭和10年(1935)11月。初出:『都新聞』(時期不詳)。式場隆三郎『文学的診療簿』人文書院 昭和10年(1935)11月。初出:『都新聞』(時期不詳)。式場隆三郎『文学的診療簿』人文書院 昭和10年(1935)11月。「狂った十頁:天才の幻想と狂人の幻想」「狂った十頁:糞字のレリーフ」「治療方面から見た精神病:精神療法」「狂人の作品蒐集」『新青年』博文館 昭和11年(1936)9月号。『中央公論』中央公論社 昭和12年(1937)11・12月号。「二笑亭綺譚」『文藝春秋』文藝春秋社 昭和13年(1938)4月号。「狂人の絵」出典・精神病者が何気なく書きつづる文書や絵画、或はやまれぬ激情にかられて誌したものには屢々臨床的に意義深い資料として、価値の高いものが少くない。それ等は他の凡ゆる診査法に、手がかりの与えられなかった病症に、明確な根拠を示すことがある。【A】・画風(精神乖離症)…この患者の絵は最も多種多様で興味深い。精神病者の絵画に関する研究は、ここに最も豊富な資料を発見する。盲覚、妄想によって描かれたものの中には、古今東西の絵画に嘗て見ない珍奇なものが屢々見られる。常人の想像力の及ばぬ広汎な、そして深刻切実な感覚によって描かれるので、如何なる未来派や表現派やダダイズムの奇矯な絵も及ばぬものがある。我々はこの種の患者によって表現された不可思議な世界を見て、戦慄を覚えることがある。【B】・精神病者の絵画及筆蹟は、その病症によって大約特色があり、臨床的には意義深いものであるが、芸術的の見地から論ずる場合には価値はずっと低くなって来る。一般に芸術の世界では、病的で而も優れた作品は甚だ稀である。精神病者の絵画が如何に奇想天外であっても、それのみで高い芸術的価値を与えることは出来ない。概して主観的な傾向を帯びている患者の作品は、その心理を考察する上には重要なものであっても、芸術的尺度で測る時には低いかゼロで、多くの人を感動せしめる力に乏しい。天才の幻想は素晴しい芸術を生む。しかし、精神病者の幻想はそれ以上に珍奇であっても芸術にはなり得ない。(中略)狂人の作品の一例としてプリンツホルンの編んだ画集を見ると、如何にもファンクステックの様であり、グロテスクでもあって、近代のシュウル・レアリズムにも優る様に見えるが、それは狂気の症状であり排泄物であって芸術ではない。【C】私の経験で最もグロテスクでユーモラスの一例は糞字(或は糞書とでもいうべきか)の浮彫である。鎮静室の壁にまるで支那の泰山の拓本の文字位の大きさに「濁酒」と大書し、而も盛り上げて浮彫の様にした患者があった。その運筆は中々雄剄なものだった。何日もかかった力作であろう。精神病者に対するものは根気と、愛情と、不撓の意志を持たねばならぬ。患者の荒唐無稽で縷々として尽きぬ話も、ただ一笑に附したり、中止せしめずによくきいてやってその内容を検討すべきである。患者の手記や絵画も紙屑籠に投ずることなく、精細に観察してやらねばならない。【D】吾々が精神病者にみるコレクト・マニアは、非常に病的な動機で集めている者や、目的のない蒐集や何等意味のない物品を大切に、丹念に集める症状をいうのである。(中略)それらの品々や書いたものを、診断や治療に役立てようとして集め始めたのだが、何時の間にかこっちも憑れたように欲しくなる。(中略)その作品や蒐集品を、医者が調べるのは当然であるし、学問的興味もある訳だが、集める時の気持はそんな神聖なものではなし、『面白いぞ、欲しいなあ』という欲望が先に立つ。理屈はあとでつけて、自分のさもしい心事を慰めるという場合が稀でない。【E】・ある新聞は、「狂人の建てた化物屋敷」と報じた。近所では、「牢屋」とよんでいる。多くの人々は、富裕の狂人の悪戯と解している。しかし、あの家の隅々を正視した人は、果して笑い切れるだろうか。私は畏怖し、驚嘆する。誰も実行できない夢と意欲を、悠々とやりとげた逞しい力に圧倒されそうだ。・あれは一人の狂人によって建てられたことは、誤りない事実である。しかし、それ故にすべてを狂想の具現としてみてはならない。あの中には、もっと複雑な心理がこめられている。【F】・十余年の情熱を傾けてつくりつつあった二笑亭は、浅い模倣や一夜づけの思いつきで制作される芸術作品の及ばないものがある。グロテスクや、出鱈目の構成物としてこれを見る人は、最も浅い理解者である。そういう要素を取除いて終ったあとに残る問題が、作者の根深い意想に触れるのだ。【G】・狂人の作品が、芸術的に大した意味がなしとも、診断に役立つ場合は多い。一般の医学的の検査法よりも、一枚の絵や手記によって診断を下し得ることがあるのだから、各病院でもこの保存に心がけ、十分調査分析すべきである。【H】・病型による特徴(精神分離症)…曾て早発性痴呆とよばれた病気で、最も多い精神病である。病型も多く病的芸術の中心をなしている。(中略)絵の多様性は、妄覚や妄想の多様性によるもので、古今東西の作品に曾て現われたことのない珍奇なものがある。その制作時の態度を観察するに、素描もとらずに、すぐ描くことが多い。盛んなものは一時間に数十枚も描ける。常人の画家だったら、数ヶ月を要するようなものでも、一日で描いて終う。シュール画家が、苦心惨憺して描くようなものを、何の苦もなくすらすら描いていく。かの時の制作は、患者にとっては一種の排泄作用であって、絵を描くことも小便をすることも大差がないのである。【I】表内容― 331 ―― 331 ―
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