タイトル『ホーム・ライフ』大阪毎日新聞社 昭和13年(1938)6月号。「病的絵画」式場隆三郎『二笑亭綺譚』昭森社 昭和14年(1939)2月。「狂人の絵」『美術』美術発行所昭和14(1939)11月号。「病的絵画断想」出典・今まで絵を描いたことのない人が、発狂したために描き出す時には、稀に思いがけぬ傑作が生れる。(中略)何故こうした絵が狂人の頭から生れるか。彼らは純粋に、本能的に描くからだ。大部分はスケッチでなく、頭の中で考えられた構図だ。しかも、躊躇することなく、生理的の行動のように速く描いてゆく。それらがすべて傑作になるのではない。中には全くつまらないものも多い。しかし、時には画家がどんな頭をつかっても考えおよばないものが生れてくる。シュウル・レアリズムの画家達は、努力によってああした幻想を生むことが多いだろう。狂人は楽々と描いてしまう。前衛とよばれる画家達が、意識的につくる心理に、狂人は苦もなく到達できるのだ。【J】・われわれは、もっと素直に狂人の絵をみつめ、そこに現れた諸々の心象を把握しよう。よし芸術的鑑賞を離れても、生活を反省させるものがあるのだ。(精神分離症)…シュール画家が苦心惨憺して描くようなものを、何の苦もなくすらすら描いていく。こうした時の製作は、患者にとっては一種の排泄作用のようなものであって、絵を描くことも小便をすることも大差がないのである。絵の特色は一言では言いつくせないが、愕くべき密画があったり、粗雑なものがあったりする。色彩の配合も奇矯で、常人がどうしても出来ないような配置を平気でやってのける。「二笑亭綺譚」の主人公も、この患者であった。あの珍奇な建築は、この病症によって説明されるのである。狂人芸術の中で、最も常人と遠い世界の花である。【K】最後に私は模倣の病理について、少しく述べておこう。模倣は人間の本能の一つである。これがあるために、人間生活は調和が保たれ、混乱を免れしいるのだという見方も成立つであろう。だが病的への模倣は、時に危険に曝されることがないでもない。佯狂とよばれるものは、狂人の模倣のことであり、偽装狂人の意である。しかし、現代の精神病理学はだんだん、かかるものを否定するようである。佯狂だと思っていたものが、時が経るにつれて本物になって終うことが多いからである。(中略)このことは、病的絵の模倣画でも同様である。初めは病的の模倣だと自分でも信じているうちに、いつか本物となるような人が出てくるに違いない。そういうものにあまりに近づいて、同じ境地に浸ろうとすることは危険だとも云える。【L】(中略)病的絵画は、芸術学的には幾多の興味あるテーマを含んでいる。しかし、病理学的には生れたものであり、作られるものではないのである。病者は着物を破り、縄を紏うと同じような心理で絵を描くこともあるのだ。この症状としての産物と、純粋の芸術的創作とは必しも同じグルンドに立ってはいないのである。【M】病的作品が、指導するとかえって悪くなることが多いのは、普通の作品と根本に於て違うものがあるからだ。また病勢がその運命を握っているので、芸術の神とは縁が薄いのである。ただ、それを外から観察する時には、思いがけない素晴らしいものだったりするだけである。これを無視して、讃美したり、模倣すべきではない。【N】内容― 332 ―― 332 ―図1 二笑亭(外観)昭和12年(1937)頃 個人蔵(式場隆三郎旧蔵)図2 同(ホール正面上部)昭和12年(1937)頃 個人蔵(式場隆三郎旧蔵)
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