鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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あること、さらに会場では、日英博覧会(翌年、ロンドンで開催)に出品する刺繍、ビロード友禅も共に展覧するとあり、「同店得意の刺繍品は絢爛目を眩ませる」と記事は結んでいる(注24)。三都各地でそれぞれ集客策に工夫を凝らしたことが見て取れよう。当時、来場者に配布されたとみられる「現代名家百幅画会目録」がある。目録には、髙島屋の依頼に応じた画家100名(京都49・東京43・大阪4・愛知4)が雅号順(イロハ順)に画題、在住地と共に掲載されている〔表1:百名家一覧〕。当時の会場写真を見ると、作品は目録掲載の雅号順で陳列されていたことが確認できる〔図1:会場写真、出品番号79から95までを撮影〕。出品画家について、京都は竹内栖鳳、東京は東京美術学校校長であった正木直彦が取りまとめたという(注25)。廣田孝は、出品者の顔ぶれは「文展審査員クラスを中心に文展入選などの成績を基準に選別され、同時にそれぞれの画壇の勢力範囲も相当配慮されている」ことを指摘する(注26)。民間で初めて、東西の画壇を一堂に揃えた企画力と実行力は評価されるべきであろう。4.出品画4幅の発見ところで、出品画100幅の所在はまったく知られていなかった。本稿では、100幅のうち4幅の存在が明らかとなったことを報告する(注27)。なお、100幅の出品画図版は、開催翌年に髙島屋が発行した百幅画会画集『百名家画譜』によって確認できる(注28)。①竹内栖鳳《小心胆大》 出品番号95〔図2〕竹内栖鳳《小心胆大》 絹本着彩 本紙109.7×40.9(cm)竹内栖鳳(1864~1942)は20代半ばの頃、髙島屋の画室で常勤画工として勤務し、染織品の下絵制作に携わった。百幅画会では《小心胆大》を出品する一方で、京都の出品画家を取りまとめたという。その生涯にわたり髙島屋とは深い関わりを持った。本作は百幅画会の会場で「場中の逸品」と評された。斬新かつ大胆な構図で、大きな糸瓜とそれに這う小さな蟻が5匹描かれる。発表時は「小心大胆」の題であったが、本作が発見された際、箱蓋に栖鳳の自筆で「小心胆大」と記されていた。画題は『旧唐書』孫思邈伝の「胆大心小」(大胆でいて、しかも細かな注意を払うの意)にちなむものとみられる。髙島屋創業家と姻戚関係にある豊田家旧蔵品であった。平成26年(2014)、髙島屋史料館へ寄贈。百幅画会開催時の表装ではなく、豪華な裂を用い― 337 ―― 337 ―

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