㉟ 丸木位里・丸木俊の絵画作品《原爆の図》技法解明と修復に関する調査研究─初期1950年代シリーズを中心に─研 究 者:原爆の図丸木美術館 専務理事、学芸員 岡 村 幸 宣1.研究当初の背景画家の丸木位里(1901~1995年)、丸木俊(赤松俊子・1912~2000年)夫妻の共同制作である「原爆の図」(1950~1982年、第1~14部は原爆の図丸木美術館、第15部は長崎原爆資料館が所蔵)は広島の原爆投下による惨禍を題材とし、日本画の絵画材料と水墨技法を基調としている。特に《幽霊》、《火》、《水》(ともに1950年)の3部作は1950年代はじめの全国巡回展の中心となり、1953年以後は世界巡回展も行われ、1970年代のアメリカ巡回展なども含めて海外20ヶ国以上で展覧されてきた。さらに、二人は「共同制作」をとおして、戦争被害の実情と実相を検証し、原爆被害・水俣病・足尾鉱毒事件の公害問題など、現代文明の将来のあり方へ警鐘を鳴らす題材による芸術表現を続けてきた。しかしいっぽうで、丸木夫妻が1967年に開設した原爆の図丸木美術館は、建物の老朽化や、展示室・収蔵庫の温湿度管理および紫外線・虫害・塵埃対策の未整備などの問題に直面し、常設展示する初期1950年代の「原爆の図」は、制作から70年以上が過ぎ、屏風形態(当初はパネルに仮張り、その後は全国巡回展を考慮して軸装され、現在は四曲一双の屏風装に改装)の支持体は変形し、画面上の紙には経年劣化・カビ・虫食い、絵具の顔料(墨・胡粉・水干絵具など)には剥落の損傷個所などが多数確認されている。また、1970年代以降の壁画作品《南京大虐殺の図》(1975年)、《アウシュビッツの図》(1977年)、《水俣の図》(1980年)、《水俣・原発・三里塚》(1981年)にも深刻な被害があらわれている。歴史的に重要な同作品を後世に継承し、一般公開を継続していくためには、作品の保存状態に応じて速やかに修復処置を施すことが望まれる。 「丸木位里・丸木俊の絵画作品《原爆の図》技法解明と修復に関する調査研究─初期1950年代シリーズを中心に─」と題する本研究は、原爆の図丸木美術館所蔵で、修復処置を必要とする丸木夫妻の作品を研究対象に設定し、光学調査や材料分析といった保存科学の分野と、文献資料の調査を中心とする人文科学の分野の専門家、研究協力者と連携し、二つのアプローチから総合的な検証を行うものとした。具体的には、まず(1)「保存科学からのアプローチ」(光学調査・材料分析)では、①専門技術者の協力を得て、高精細デジタル撮影、赤外線・紫外線写真撮影、蛍光X線装置などを― 381 ―― 381 ―
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