鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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操作し、作品の画像調査および技法材料を分析する。②《幽霊》の修復作業は、愛知県立芸術大学文化財保存修復研究所に依頼。絵画修復の専門技術者の協力を得て、作品支持体の変形修正、本紙全体に付着した埃や汚れなどの除去、欠損箇所の繕い・穴埋めなど、詳細な保存修復に関する助言をもらい、修復作業を行うものとした。(2)「人文科学からのアプローチ」(文献調査・情報収集)では、①日本画関係技法書・史料を熟覧深査し、「原爆の図」ほか作品の制作にいたる過程に関する重要な手がかりを得る。同時に、丸木夫妻の実資料や「原爆の図」関係資料等の閲覧調査。②丸木夫妻を知る証言者からの聞き取り調査を行い、作例を検証することにした。2.研究の目的「原爆の図」第1作目となる《幽霊》の群像図(屏風・四曲一双)は、日本画特有の位里の水墨技法、洋画教育を受けた俊の人体描写を融合させ、「日本画」と「洋画」という美術史上の対立関係を乗り越えた異色作とされてきた〔図1〕。とりわけ俊の卓越した群像表現・描写力は、原爆投下の出来事を視覚表象する上での大きな効果を発揮し、共同制作は書画用紙を基底材とし、墨や木炭などの炭素系顔料、胡粉や水干絵具などの日本画用の顔料といった素材を使用するという、一貫して位里の「日本画」の絵画領域でもある。先行研究では、《幽霊》と最晩年の二人が心血を注いだ《沖縄戦の図》(1984年)を技法材料研究の側面から比較・分析検証し、二人の共同制作の根底にある「日本画的表現」を言及してきた(注1)。調査事例には、位里の水墨画作品、特に前衛的な水墨実験・試作的な意味合いをもつ「水墨画 1940年代」(丸木家収蔵庫の作品区分)を熟覧し、さまざまな書画用紙(麻紙、鳥の子紙、画仙紙、唐紙など)に点描・白描・暈染などの伝統的な描法と技法、主に墨と胡粉という素材や画材を併用・混合した多種多様な材料研究の取り組みを確認している。こうした戦前の位里が積み重ねてきた水墨画の技法材料研究は、俊との共同制作《幽霊》の画面上の描法と技法に応用され、使用画材を決定づけたと考えられる(注2)。また、丸木夫妻の絵画作品(共同制作)や実資料の閲覧調査なども同時並行して進めていき、デジタルデータ化に取り組んできた。しかしながら、こうした調査研究はともに、作品の保存状態を目視調査で確認したのみで、「保存科学からのアプローチ」はなく、科学的な視点における技法材料の解明が求められる。よって、本研究では「保存科学からのアプローチ」を加え、今後の作品修復事業、原爆の図美術館の改修工事・新館建設予定に伴い、収蔵庫設計や展示室・保存環境の― 382 ―― 382 ―

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