美術館、隣接する丸木家所蔵の作品・実資料の発掘調査・整理作業並びに、複写(デジタル)作業に注力した。《幽霊》の科学調査・修復処置における研究成果、並びに公開発表は、愛知県立芸術大学文化財保存修復研究所《災害と文化財》講座第7回「『原爆の図』─よみがえる想い」(会場:愛知県立大学、2022年11月16日開催、対面・オンライン配信のハイブリット式)を実施し、多くの人びとに広く一般公開した(注3)。詳細は以下のとおりである。(1)原爆の図第1部《幽霊》原爆の図第1部《幽霊》は、経年の劣化・黄ばみや汚れ、屏風の支持体変形により、2022年4月より愛知県立芸術大学文化財保存修復研究所で本格的な修復作業が行われる予定であった。しかし、同じく常設展示されている壁画作品《南京大虐殺の図》、《アウシュビッツの図》、《水俣の図》、《水俣・原発・三里塚》4点の損傷状態の深刻さに伴い、急遽、優先的に4点の修復作業を中塚博之(祐松堂代表)に依頼。館所蔵の常設展示の公開状況などを考慮し、同年9月~10月の期間内に壁画作品の修復処置が完了後(11月11日より再公開展示)、12月16日には《幽霊》を同研究所に搬送し、修復作業を開始した。その間、古賀くらら(日本画家、広島市立大学客員研究員)、藤田飛鳥(日本画家、日本文化資産支援機構理事)の協力を得て、高知麻紙の伝統職人である濱田博正(鹿敷製紙株式会社)、北岡竜之(紙漉職人)、東洋画修復の専門家である黒江将太(修復師、文化財保存支援機構職員)を招聘のうえ、《幽霊》の紙を目視調査した。紙の表面の肌理・漉き具合・質感などを観察し、胡粉絵具が漉き込まれた印象があるとした。こうした各専門分野の研究者や実践者との意見交換・研究会は現在も継続し、丸木夫妻が使用していた絵画材料と同じ素材を使用した材料分析・試験的な制作実践(表現技法の再現)は行われている。こうした作品調査の経緯を踏まえ、2023年1月より同研究所では、《幽霊》の修復前調査(現状および損傷個所を確認し、記録する)を開始し、光学調査および材料や技法の調査を行った。結果、《幽霊》の本紙は、「麻紙」(麻繊維を主原料とした紙)と言われてきたが、紙質調査(本紙裏面の繊維を採取し分析)によって、「混合紙」(麻と楮の繊維を混合した紙)であることが判明した(注4)。また、本紙に数箇所みられる「白い液だれ」を光学調査したところ、リン・カリウムの元素が検出され、生物由来の汚れ(獣糞・虫糞)ではないかと指摘された。屏風の変形も確認したうえで、屏風の新調、下地を取り替えるという全面修理の方針を打ち出した〔図2〕。現在、作品の修復作業は、以下の工程まで進んでいる。― 384 ―― 384 ―
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