鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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三里塚》4点(ともにパネル・額装)の修復作業を行った。丸木夫妻の1970年代以降の作品の修復事例には、《原爆-ひろしまの図》(1973年、広島市現代美術館所蔵/修復担当:棚橋映水、吉備国際大学チーム)(注7)、《原爆の図 高張提灯》(1984年、武蔵野美術大学美術館・図書館所蔵/修復担当:鈴木晴彦)(注8)などがあり、今回の修復作業においても参考事例とした。壁画作品4点の損傷状態は、基底材である紙の裂傷、虫食い跡、絵具の剥離剥落があり、修復担当の中塚博之と相談のうえ、対処療法的な修復処置を施すことにした〔図4〕。よって、大型パネルから本紙を剥がすことはせず、裂傷部分には補強紙を裏から当てて貼り合わせ、絵具の剥落(めくれあがった)部分には膠水溶液を充填し、整形・固定させる方法にした〔図5〕。また紙や欠損部分や絵具の剥落部分には補彩をすることにより、鑑賞時の美観が損なわれることのないよう配慮し、本紙全体に付着した埃などを除去(ドライクリーニング)した。特に絵具の剥離剥落は、墨や絵具のたらしこみ技法(紙の上に水を引き、絵具をたらしこみ、にじみの効果などを与える)により、接着剤である膠分の強さ、通年の温湿度の変化による紙の伸縮性が相まって生じる現象であり、丸木夫妻が独自の表現技法を考案したがゆえに起こりうるものといえる。例えば、《水俣の図》の制作は、1981年に公開された映画『水俣の図・物語』(土本典昭監督、武満徹音楽、石牟礼道子詩、青林舎配給)に記録され、本紙をパネルに張り込み終わると、画面上に大量の礬水液(膠水と明礬の混合液)を塗布し、絵具の定着性を強め、保護する被膜層づくりの処理を行っているのが分かる。中塚によれば、この礬水液はパネルのベニヤ板にまで浸透し、木材のアク(時間の経過とともに現れる黄変)の成分を表面に浮き上がらせ、紙の劣化を促進する原因となり、礬水液の膠分は絵具の剥離剥落にも影響を与えているそうだ。壁画作品4点の修復作業は報告書にまとめられ、これは、佐喜眞美術館が所蔵する《沖縄戦の図》の保存修復においても有益な情報になり得る。さらに、丸木ひさ子(絵本作家、丸木俊の姪)、岩野麻貴子(岩野平三郎製紙所社長)への聞き取り調査から、壁画作品の基底材の紙は、「雲肌麻紙」であることが判明している。(4)文献資料の閲覧調査、実資料のデジタル作業上述した作品の修復作業に当たっては、修復を担当する専門技術者にたいし、丸木夫妻の著作、日本画の技法書などの記述や画材情報などを提供し、修復方針や作業工程の決定に役立ててもらうようにした。二人の異なる画家の表現技法を踏襲した作品― 386 ―― 386 ―

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