⑻ 仮名読新聞3月16日号広告より。会主は前島和橋が務め、補助に藤堂凌雲、高林二峰、奥原晴湖、大沼枕山、福岡柳圃、佐瀬得所、幹事を鈴木田正雄、岸田吟香、仮名垣魯文、高畠藍泉、落合芳幾、前田夏繁、為永春水、扇面亭、扇明亭が務めている。⑽ 読売新聞4月1日、2日、13日号⑾ 読売新聞3月17日号⑿ 渡邉晃「三代歌川広重に関する一考察─伊藤家所蔵資料を中心に─」『浮世絵研究』第4号、⑵ 明治24年8月20日号⑶ 『リアリズムの見果てぬ夢:浮世絵・洋画・写真』横田洋一論文集刊行会、2009年⑷ 内田実『廣重』岩波書店、1932年/飯島虚心『浮世絵師歌川列伝』畝傍書房、1941年/楢崎宗重「三人の広重」『浮世絵芸術』第18号、1968年/鈴木重三『広重』日本経済新聞社、1970年等の記述をまとめている。⑸ 山梨県指定有形文化財(平成16年(2004)5月6日指定)⑹ 「雑魚貼交屏風」六曲一双 山梨県立博物館蔵⑺ 三代豊国を中心として多数の絵師が制作に携わる、江戸町火消の「いろは四十八組」と、その地域の名所や伝説、ゆかりの歌舞伎役者等を貼交絵形式にした揃物。表紙、序文、目録含め全73図が確認できる。⑼ 読売新聞6月26日、かなよみ6月27日号広告より。書画会余興「扇面合 題日本名所之内」との⒀ 前掲注⑿、62頁⒁ 大久保純一「連載「歴史の証人─写真による収蔵品紹介─」書画会に関する資料群」『歴史系⒂ 読売新聞7月2日号。千住南組は暁斎の戦争図、千の字尽くしとの記載もあり。⒃ 明治12年読売新聞6月7日号、明治13年5月29日号⒄ 前掲注⑿、65頁贈呈品のひとつとして挙がっている。画帖とともに伝えられたプレートには、日本の帝からオーストリア帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ一世へ贈られた品である旨が、ドイツ語で記されているようである。記述あり。2014年総合誌「歴博」』第190号、国立歴史民俗博物館発行、2015年― 411 ―― 411 ―
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