鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
448/549

は含まれるが、蘭方薬に特化した生薬は少ないことから、東アジア、特に日本漢方医学の特色を有すると考えることができる。このことから、モチーフの選定にあたっては、漢方医学~古方医学(注7)に精通している本草家など専門家の関与が想定できる。②「薬箪笥」に備えられた薬類の特色[抽斗イ]・[抽斗ロ]・[抽斗ホ]に常備された生薬(計57種)が、古方医学に用いる薬品に合致している点が興味深く、「薬箪笥」を調えた人物(もしくはそれを使って診療した医師)が古方派に属すると考えられる(注8)。これらの生薬からは現在も繁用されている漢方薬(漢方方剤)が調剤できる。一部例をあげれば、葛根湯(:葛根、麻黄、芍薬、桂皮、半夏、甘草、生姜)や、麻杏甘石湯(:麻黄、杏仁、甘草、石膏)、温清飲(:当帰、地黄、川芎、芍薬、黄芩、山梔子、黄柏、黄連)などである。次に、漢方医学だけでなく、洋薬(蘭方薬)などを取り入れた抽斗について注目したい。[抽斗チ]の硝子薬瓶は、ラベルと目録から、水銀、バルサンペイリウ、煉蜜の容器とわかるが、これらは蘭学者・蘭方医らによる洋薬の導入や製剤化が示唆できる。また目録の記載で確認できる製剤薬名は呼称・異名のため、詳細については解析中だが、[抽斗ニ]のテリアゝカ、[抽斗ヘ]、[抽斗ヌ]に入っていたらしいヲグリカンキリ・ヒリリ(ビリリか?)など明らかに洋薬由来名も散見する。その他、[抽斗ニ]は主に丸剤が常備されていたと考察できるが、特定の地域の丸剤名も見受けられ(例:反魂丹)、調製についての検討が必要である。これらの分析から、蓋裏の百草は古方派などの専門家の関与によって選りすぐられた本草図とでも言うべきものであること。内容品も古方派の特色を有しながらも、積極的に蘭方も導入した漢蘭折衷の、当時最新の医学的背景を有していることが確認できる。5.薬箪笥の制作背景薬学の観点から「薬箪笥」を見ると、当時の最先端の医学情報を内包していることが明らかになった。ではこれを受容する人物は誰だったのか。従来、本作は桃葉を抱えていた徳島藩主のための特注品であろうとされてきたが、特に根拠は示されていない。本作を最も特徴づけるのは、名称ともなっている蓋裏の百草の意匠である。これに― 439 ―― 439 ―

元のページ  ../index.html#448

このブックを見る