鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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① 鎌倉時代の来迎芸術に関する一考察─法華寺蔵《阿弥陀三尊及童子像》を中心に─研 究 者:鎌倉国宝館 学芸員  中 川 満 帆はじめに日本における浄土教絵画のうち、「来迎図」に分類されるものは極めてその数が多く、平安時代後期から鎌倉時代にかけて制作された作品群は、名実ともにもっとも華やいだ時代を反映しているものとして評価されてきた。昭和15年に発表された大串純夫論文(注1)以来、日本における来迎芸術論は「来迎図」の名をもって、尊格を主体とした彼岸から此岸という方向性のもとに展開され、近年に至り加須屋誠氏によって補完された(注2)。しかしながら実際のところ「来迎図」には、彼岸に居る尊格を主体として、その存在が此岸にいるものを迎えにいく様子を描くものと、此岸にいる我々を主体として、極楽往生を希求する様子が強く画面に再現されたものといったように、表現の上ではふたつのベクトルが存在すると考えられる。そしてその表現は、鎌倉時代にさしかかるにつれ、往生者側からの視点が強まる傾向がみとめられる。本稿では、日本中世における阿弥陀浄土信仰のあり方の一端について、同時代の優品である法華寺蔵阿弥陀三尊及童子像(以下、法華寺本)を中心に、鎌倉時代の信仰背景に基づいて語り直し、それがいかにして画幅に反映されることになったかを再考する。一、法華寺本にみる「帰り来迎」の表現法華寺本は、奈良・法華寺に伝わる絹本著色画像で、阿弥陀如来と観音・勢至菩薩と童子がそれぞれ一体ずつ三幅(以下、それぞれを阿弥陀幅、観音・勢至幅、童子幅と称す)に描かれている〔図1-1、1-2〕。いずれの画幅も剥落による損傷が著しいが、阿弥陀幅は比較的良好な状態を保っている。法華寺本に関する先行研究には多くの蓄積があり、それと同時に作品解釈の幅もひろく、定説をみない作品であるともいえる(注3)。現在に至るまで研究者間で共有されていない見解は、①制作年代、②成立過程(三幅は同時制作か、異時制作か)、③配置方法、④使用方法、⑤発願者の五点に集約できる。制作年代についてはここで多くを記すことがゆるされないため別稿にあらためたいが、柳沢孝氏の出された俊乗― 446 ―― 446 ―2.2020年度助成

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