鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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④ 化仏を戴く普賢菩薩像について─南宋から元時代の浙江地方を中心に─研 究 者:大阪市立美術館 学芸員  八 田 真理子はじめに本研究は数ある普賢菩薩像の中でも、中国で制作された、頭上の宝冠に化仏のある図像について考察するものである。冠に化仏のある尊格として最も一般的であるのは観音菩薩であろう。普賢菩薩像のなかではまず普賢延命菩薩像や金剛薩埵像などの密教像や、平安時代の「普賢菩薩像」(東京国立博物館蔵)が五仏宝冠を戴く例として想起されるが、多くの場合、普賢の冠には化仏が表されない。しかしながら、五仏のほか一仏、七仏など、化仏のある宝冠を戴いた普賢菩薩像が中国で流行した形跡が現存作例から確かに窺えるのである。以下では、普賢像と化仏にまつわる経典を確認し、次に中国における化仏を戴く普賢像の作例からその特徴と展開の様相を検討し、さらに図像伝播の契機と背景について考察する。本研究で中国における化仏のある普賢像の展開を示すことで、中国の普賢信仰の様相のみならず、日本で制作された普賢像のルーツの解明にもいずれ繋げられればと考えている。なお、本報告は研究の進行中に当初設定した範囲から検討対象を拡大し、とりわけ石窟に造られたために現状制作地の特定できる作例が偏って分布する四川地域に関する比重が高くなったために、題目とのずれが生じたことを付記しておく。1、経典の記述『妙法蓮華経』第28「普賢菩薩勧発品」では、法華経を受持、読誦する者の前に、普賢菩薩が六牙の白象に乗って大菩薩衆とともに姿を現して守護し、その心を慰めるという。また、同経の結経「観普賢菩薩行法経」には六牙の白象に結跏趺坐して現れる普賢菩薩について、その身体は白く、五十種の光を放ち、身体の毛孔からは金色の光を出し、その端に無量の化仏・化菩薩を現じて眷属とするのだと述べる。また、白象についても、象頭に三化人がいるなどの詳しい記述がなされる。しかしながら、これらに普賢菩薩の宝冠の化仏についての言及はない。対して、普賢が化仏のある宝冠を戴くことは密教経典に語られているが、いずれも五仏宝冠と記される。『普賢菩薩延命金剛最勝陀羅尼経』では、普賢延命法の本尊である普賢延命像の像容について、画像は彩色で、普賢菩薩は満月の如き童子形で五仏― 479 ―― 479 ―

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