備えている。フェローはこの資料を図書館から自由に持ち出して、無期限で研究所内の個人研究室に置いておくことができる。ただしその際、研究室の番号を代本版に挟んで残しておかなくてはならない。一般利用者がその資料を見たい場合は、それを頼りに研究室まで訪ねにくるという方式である。私は日本人的な小心さで、利用を終えたらついこまめに図書館に戻してしまうのだが、聞けば隣人のダ・ヴィンチ研究者は30巻くらいのイタリア美術辞典を持ち出してかれこれ二年ほど自分の机上にキープしているらしく、ときおり一般利用者がその机を目指してやってくる。フェローにとっては、まことに便利でありがたい。またZIには図書館のほか、90万点を超える資料を所蔵するフォトテークも併設されている。近年新たにブルックマン出版社から移管された未整理の写真コレクションを見せて貰ったが、「マリオネット」と表書きされたボックス一杯に20世紀前半の貴重な人形劇関連資料が収められていた。ZIでは、古代から現代まで、絵画から人形劇まで、美術史に関わるあらゆる資料にアクセスできるのが楽しい。フェローの研究領域も多岐にわたっている。私のほかに十数名のフェローが同時期に滞在していたが、古代、中世、14世紀、15世紀、18世紀、19世紀、20世紀、21世紀の研究者が揃っていた。各フェローは「ワークショップ」と題された公開研究発表を行うことになっており、現在進行形の互いの研究について知り、意見を交わす格好の機会となっている。私も機会を頂いてZI内の大きな講義室で対面の発表を行った。コロナ禍以降全ての催しがオンラインで行われていたらしく、私の発表がZIでは実に二年ぶりの対面開催とのこと。色とりどりのFFP2マスクをつけた参加者が数十名、アーチ型の大きな窓から光が差し込む明るい部屋に集まった。画像や動画をプロジェクターで投影するために、窓にビロードのカーテンをひこうとしたが、二年の間にほこりがたまったのか、棒が錆びてしまったのか、カーテンがびくとも動かない。「大きなかぶ」の要領で数人のフェローとひっぱるが徒労に終わり、3月の春の日差しの中、うっすらと浮かびあがるスライドを見せながらの発表となった。とはいえそれ以外は問題なく、久しぶりの対面集会の歓びにあふれた活気ある催しだった。私が発表したのは日本のモダニズム人形劇について、そしてそれに大きな影響を与えたと思われる、20世紀初頭のミュンヘンの芸術的人形劇についてである。20世紀初めごろ日本で人形浄瑠璃が急速に人気を失ったのと対照的に、ドイツの人形劇はかつての旅回りの民俗芸能から、固定劇場を持つ尊敬すべき舞台芸術へと生まれ変わりつつあった。1906年設立の「ミュンヘン芸術家人形劇場」がその代表格である。その名声は日本にまで届き、ミュンヘンを模範に日本でも美術家たちが新しい西洋風人形劇― 520 ―― 520 ―
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