鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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(注6)。1.ビアズリーの影響とは何かビアズリーの様式は、前述のとおり線とマッスによる簡潔な画面構成を特徴とする。ヴィクトリア朝時代に木口木版で描かれた挿絵は、対象を詳細に説明する役割を果たしていた。木口木版は細かな線刻によって銅版画のような効果を生みながらも、凸版であるため活字との印刷が可能であり耐久性にも優れており、印刷物の主要な技法として用いられた。挿絵本のほうでも、ラファエル前派の原画による『テニスン詩集』をはじめ、ケイト・グリーナウェイやウォルター・クレインらの子供向け絵本においても、装飾を伴いながら物語が説明的に描かれるのが通例であった。しかし、ビアズリーはとりわけ『サロメ』〔図1〕において細いペンの線と黒いベタ塗りのみで画面を構成し、線描によって対象の質感や立体感を表現せず、具体的な空間描写をも排除した。ビアズリーの様式というときに、第一には簡潔な線とマッスの描法、第二には物語を詳細に説明しない手法を特徴として挙げることができる。さらに線の表現については、その後の『髪盗み』(1896年)において点描による「刺繍」を生み出す〔図2〕(注7)。『サロメ』の影響の陰に隠される場合が多いが、ビアズリーの影響を受けた挿絵画家には『髪盗み』を模倣する者が実際のところ多く存在する(注8)。ハーフトーンを再現しないラインブロックの効果によって、ビアズリーの平面的な様式が生まれたことは多く指摘されてきたことであるが、ビアズリーは18世紀の銅版画の線刻から『髪盗み』の点描表現やハッチングを学んでいる(注9)。銅版画における線刻は対象の陰影表現に従事するが、対象の立体感を表現しないビアズリーの場合には、線刻自体を本来の役割から切り離して装飾的な線描表現に変化させている。ビアズリーの影響を指摘する際に、退廃的な雰囲気やグロテスクなモティーフが挙げられることがあるが、世紀末美術において共通する要素でもあり、ビアズリーに由来するものという場合には注意が必要であろう。本稿においては、主に線描の分析と物語の語りの手法の類似において、その影響関係を見たい。この観点から明らかな影響関係を指摘することができるのがハリー・クラークである。2.ハリー・クラークに見られるビアズリーの影響ハリー・クラーク(Harry Clarke, 1889-1931)はアイルランドのステンドグラス工房を営む家に生まれ、父の工房で働きながら美術学校の夜間クラスに学んだ。ステ― 48 ―― 48 ―

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