⑥ 「真景」の広がり研 究 者:尚美学園大学 芸術情報学部 教授 伊 藤 紫 織はじめに「真景」の語は現代日本語の辞書では実景と同義とされる。中国でも歴史的に用例があり、朝鮮、日本の絵画に真景は伝わり、中国の影響を受けつつ独自の発展を遂げた。真景、真景図は日本美術史においてジャンルを表す用語であり、作品名の一部としても用いられている。しかしながら真景、真景図をタイトルに含む作品、資料は美術史が対象とする作品の範囲を超えて大量に存在し、他分野でも研究対象となっている。本稿では予想以上に集まった真景の作例の一部を紹介し、問題点を整理することによって今後の研究に寄与したい。1 真景と真景図美術史の対象とする日本絵画の作品において、画中に真景となくても真景、真景図と呼ばれたり、画中に真景と記されても作品名が真景、真景図をとらなかったり、呼称にゆらぎがあることは以前指摘した(注1)。絵画から地誌、絵図まで範囲を広げて、真景と題された作例収集を継続している。分類は以前「誰が『真景』と呼ぶのか」を考えるために試みたものを再び用いる(注2)。A:画中等作品・資料に「真景」の記載があるもの。B:作品・資料に記載のないもの。更にAは1自題、賛等同時代で作者と関係あるもの、2作者と関係なく後から他者によって記載されたもの、に分けて考える。Bについても1同時代に呼ばれたもの、2後世に呼ばれたものに分けて考えるべきだろう。作品、資料中に「真景」の記載があるのに作品名、資料名としては真景をとらないものをCとする。現在、日本美術史で真景、真景図として想起される作品は圧倒的にB群が多いように予想し、以前そのように記述した(注3)。しかし、まずA1群に注目し、作例収集の範囲を広げた現在、A1群の例が多く集まった。範囲を広げた浮世絵版画、地誌、絵図では作品、資料中に題が記されることが多いためである。新しく展示を調査したり、古書店の目録等を見たりするつど例を追加する状況が続いており、表や棒目録の形をとっても本報告には収まりきらない分量である。その一部を見ていきたい。まず年代の広がりを見よう。A1群のうち佚山「豊前国羅漢寺之真景」(耶馬渓風物館他)に宝暦9年(1759)の年記があり、年代が確定するものとしては知るかぎり最も早い。佚山は宝暦元年に長崎を離れ、師の三空良珍がいる豊前耶馬渓羅漢寺に向― 58 ―― 58 ―
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