⑧ アンリ4世時代のフランス・タピスリー研究研 究 者:東京理科大学 教養教育研究院 神楽坂キャンパス教養部 嘱託助教はじめに16世紀末から17世紀初頭にかけて、フランス国王アンリ4世(在位1589-1610)のもとで制作活動を展開した、通称「第二次フォンテーヌブロー派」の主な仕事は、王宮の壁画・天井装飾であった。しかし、その大半は建物の改築や破壊に伴って消失しており、同派に関する従来の研究は、作品の稀少性が大きな障害となってきた。そこで本研究では、現存作品から当時の室内装飾の全体構想を把握できる、タピスリー連作に注目した。第二次フォンテーヌブロー派は、フランス美術史において高く評価されてきたとは言い難い。しかし2010年代以降、フランスではアンリ4世の国王付き首席画家トゥッサン・デュブルイユの素描展(注1)が初めて開催されるなど、素描を中心に、同派の再評価の機運が高まっている。一方で、当時製織されたタピスリーについては、依然として包括的かつ詳細な研究が待たれる現状がある(注2)。本研究ではタピスリー連作〈ディアナの物語〉、〈アルテミシアの物語〉、〈コリオラヌスの物語〉を考察対象とし、アンリ4世時代に織り出された大規模な物語連作にどのような意味が込められたのかという問題について、先行研究とは異なる新たな解釈を導くことを試みた。筆者はすでに別稿にて、連作〈ディアナの物語〉および〈コリオラヌスの物語〉について論じたため(注3)、本稿では連作〈アルテミシアの物語〉に光を当てることとする。1.タピスリー連作〈アルテミシアの物語〉概要、先行研究と問題の所在タピスリー連作〈アルテミシアの物語〉は、17世紀初頭にアンリ4世のもとで最初のエディションが製織されたが、その典拠となった著作と下絵素描の大半は、約40年前のヴァロワ朝の時代に作られたものであった。典拠は、ニコラ・ウエル(1524?-1587)による著作『王妃アルテミシアの物語』(1562)で、国王アンリ2世(在位1547-1559)の正妻カトリーヌ・ド・メディシスに捧げられたこの手写本は、現在フランス国立図書館に所蔵されている(注4)。古代の女性英雄アルテミシアは、小アジアのカリアの女王で、古代世界の七不思議のひとつであるマウソロスの大霊廟を建設した人物として広く知られている。亡き夫マウソ― 79 ―― 79 ― 竹 本 芽 依
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