鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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女性統治者のアルテミシアを国王と同一視することも、妥当な解釈とは考え難い。本稿では、制作意図にかかわるこの問題を再検討する。2.アンリ4世の生前に製織されたタピスリーの主題選択と「若き王の教育」の場面ルイ14世治下の『国王の調度品目録』(1663-1715)(注10)およびフランス国有動産管理局所蔵の現存作品から、確実にアンリ4世の生前に製織されたと判断できるタピスリーの主題は、次の〔表1〕に示す通りである(注11)。主題は内容に応じて、「若き王の教育」(A)、「ロドス島攻略」(B)、「凱旋行列」(C)、「マウソロスの死」(D)の4つに大別できる。本稿では「若き王の教育」の場面に焦点を絞って考察する。「若き王の教育」のカルトンは、1607年10月1日、すでにタピスリーのプロジェクトが始動し、一部は製織されていた段階で、王立建造物総監のジャン・ド・フルシーからルランベールの後継者の画家ローラン・ギュイヨに追加で委嘱された(注12)。本契約の時期が、アンリ4世の生前かつ、世継ぎである王太子ルイ(のちのルイ13世)がちょうど6歳を迎えた頃であったことは、その制作プランと無関係であったとは考え難い。カトリーヌ時代の文脈では、「若き王の教育」を描いた素描群は、シャルル9世が母親とともに、全国を統治するためにフランス各地を巡る「フランス大巡幸」(1564年1月-1565年5月)を行った後、彼の政治的重要性を強調するために描写された(注13)。では、アンリ4世を取り巻く状況のなかでは、いかなる意図で取り上げられたのか。《馬術の訓練》〔図1〕を例に挙げて検討してみよう。3.《馬術の訓練》について3-1.作品概要《馬術の訓練》の中央前景では、豪華な羽飾りのついた兜と光沢のある赤の甲冑を身につけた教師が、青い衣服を纏い、王冠を戴いたリュグダミスに馬術の指導をしている(注14)。画面左前のアルテミシアは、深紫色のロングドレスを着用し、頭部には精巧な刺繍が施されたトレーンが垂れ下がるヘッドドレスをつけている。左手には百合のモティーフがついた笏をもち、広げた右腕は馬術の師の身振りと呼応している。画面左端には3匹の蛇が絡み合うようなデザインを示すプライタイアの円柱が、右端には頭部から獅子の皮を被り、右手に棍棒、左手にリンゴを持つ巨大なヘラクレス像が描かれている。背景の円形闘技場では、陸上での槍試合の練習が行われている。タピスリーをカロンによる素描〔図2〕と比較すると、そのデザインは概ね忠実に再― 81 ―― 81 ―

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