現されているとわかる。馬術は、ヨーロッパの支配者にとって最重要とみなされた戦闘技術のひとつで、フランス宮廷においてもアンリ4世の庇護下で馬術学校が栄えていた。そのため、前景で展開される馬術の訓練は、おそらく同時代のフランス王室での光景を彷彿とさせるものであったと考えられる。一方で、前景に配された彫像や背景描写は、むしろ舞台が古代であることを想起させる。3-2.建築的背景・彫像の着想源カロンの創意に基づく背景描写については、先行研究においてその着想源の考察がなされてきた(注15)。まず、後景中央にコロッセウム、前景の左右に台座に乗った彫像を配す全体の構成は、カロンの《第二次三頭政治下の大虐殺》〔図3〕の舞台設定とほぼ同一である。また、画面左端のプラタイアの円柱は、フランス宮廷の世界地誌学者アンドレ・テヴェの旅行記『レヴァントの天地学』(1556年の第2版で挿絵が追加)における、ベルナール・サロモンの版画〔図4〕に、コロッセウムは、アントニオ・ラフレーリにより出版された版画〔図5〕に着想を得ているとされる。さらに、画面右端のヘラクレス像については、バルトロメオ・アンマナーティがパドヴァの有名な法学者マルコ・マントヴァ・ベナヴィデスの邸館のために制作した大理石のヘラクレス(1540-1545)をモデルとしていると指摘されている。カロンはイタリアを訪れる機会はなかったが、ラフレーリが出版した版画〔図6〕を通じてこの彫像を知ることができた。以上のように、カロンによる建築的背景・彫像の着想源については十分な検討がなされてきた。一方で、画面中央における師に導かれて馬術を学ぶリュグダミスと、それを見守るアルテミシアの図像表現については、これまでほとんど詳細な検討がなされていない。アンリ4世時代のタピスリーの企画では、本描写にいかなる意味が込められたのだろうか。3-3.フランスにおける「王子の教育」の図像源泉と作品解釈師から馬術の手解きを受けるという主題自体は、フランス宮廷における最も身近な先例として、フォンテーヌブロー宮殿における「フランソワ1世のギャラリー」の《アキレウスの教育》〔図7〕が挙げられる。本作では、ケンタウロスのケイロンの指導を受けて、馬術、剣術、水泳、狩猟、楽器演奏等の技術を習得するアキレウスの様子が、ひとつの画面に組み込まれている。パノフスキーは、マキャベッリの『君主論』― 82 ―― 82 ―
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