鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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⑨ 狩野山雪筆「流水花卉図屏風」について─図様・テクスト・享受者をめぐって─研 究 者:台東区教育委員会 文化財保護調査員  細 川 明日香はじめに「奇想の絵師」と呼ばれる狩野山雪の作品にあって、一際目を引く機知的な作品がある。極彩色の「流水花卉図屏風」(東京国立博物館蔵) (以下、本作品)〔図1〕である。紙本墨画の「瀟湘八景図押絵貼屏風」〔図2〕の裏面に描かれたもので、画面を大胆に上下に割り、上部には渦巻く水面を、下部には升目の中に四季の花卉を描く。「流水花卉図屏風」は無落款ながら、表面の紙本墨画「瀟湘八景図押絵貼屏風」に狩野山雪の印が押されていることから、裏面も同じく山雪の筆と考えられている(注1)。作者の狩野山雪は天正18年(1590)に肥前に生まれ、慶長10年(1605)に狩野永徳の高弟であった狩野山楽に入門し、のちに山楽の後を継いだ。「雪汀水禽図屏風」や「老梅図襖」に見られるような、水平垂直の幾何学的な画面構成を特徴とする。また、学究肌で多くの中国絵画、図様に精通しており、「長恨歌図」や「蘭亭曲水図」といった新来の画題にも積極的に取り組んだ人物である。本作品は八曲一隻の屏風で、法量は90.2×376.0センチ、材質は紙本金地着色である。画面の上部には淡藍の水面を描き、浮草を配す。水面の上方には金と青金の金砂子によって霞を表し、さらに切箔を散らす。渦巻状の水面は山雪が好んで用いた水面表現であり、「蘭亭曲水図屏風」や「明皇貴妃図屏風」などにも見られる。この渦巻き状の水面は、「スイフン 水シヅカ」なる様子であると京狩野家六代目・狩野永良の『秘伝画法書』には記されており、穏やかな水面の様子を表している。下部には各扇を六列六段に区切って、金と青金を市松模様のように交互に貼り付けている。そして、それぞれに縁取りを施し、青金の升目の中に四季の花卉を描いている。升目は二八八区画、花卉は一四四に及び、花天井をも彷彿とさせる大変豪華な作りである。花卉は桜、紫陽花、朝顔、桔梗、菊、撫子、椿などの切枝を中心に、紅葉や南天らしき枝物、藤などの蔓物、柿や枇杷、梅の実といった果実、ツクシや枝豆らしきものも描かれている。このうち、菊の種と思われるものが最も多く、ついで、桜、椿が多いが、花卉全ての特定はさらに検討と要する。数種類の菊や椿、またショウブとアヤメを描き分けるなど江戸時代初期の博物学を考える上でも重要な作品といえよう。― 90 ―― 90 ―

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