P&Dのアーティストたちは、美術の領域を超えて、社会や日常のなかにさまざまな人々の寄る辺となる「環境」を作ろうとしていた。彼らが「装飾」という古くて新しい素材を扱ったのは、一過性の衝動によるものではなく、連めんと続く装飾ほんらいの機能や伝統と正面から向き合ったからである。注⑴初期のP&D関連の展覧会では、「パターン・ペインティング」や「装飾芸術」などがグループの呼称として用いられており、「パターン・アンド・デコレーション」という名称の由来自体はあくまで偶発的なものであった。このことを踏まえて、本稿では「パターン」も内包する美学概念として「装飾」を使用する。⑵文献調査のほか以下を行った。P&Dの中心的なメンバーであったロバート・クシュナー、ジョイス・コズロフ、ヴァレリー・ジョードンへのインタビュー。CCS Bard Hessel MuseumおよびDCムーアギャラリーで作品の実見。ニューヨークに現存するパブリック・アートの調査。⑶例えば次を参照:Anna Katz “Lessons in Promiscuity: Patterning and the New Decorativeness in Art of the 1970s and 1980s” With Pleasure: Pattern and Decoration in American Art 1972-1985Yale University Press, 2019, 36-45、筧菜奈子『ジャクソン・ポロック研究 その作品における形象と装飾性』月曜社、2019年、147-148⑷天野知香「装飾と「他者」」『デザインの力』(永井隆則編著)晃洋書房、2010年、89-113⑸アドルフ・ロース「装飾と犯罪」(1908年)『装飾と犯罪』(伊藤哲夫訳)ちくま学芸文庫、2021年、128, 144, 145この「小さきアーティストたち」には、職人や造園家、工芸や家庭における名も知れぬ作り手たちが含まれる。こうした没我的な志向は、建築や工芸の領域では珍しくないし、ルネサンスの工房のように美術の世界でも一般的に行われてきたことであった。しかしモダニズムを経た時代においては、挑戦的な意味合いを持つ。こうした作品が、公衆の美意識や自分がいかなるコミュニティに属しているのかという意識に作用してきたことは確かだ。おわりに本稿では、P&Dで共有されていた「装飾」の一つの源流を辿った上で、彼らがどのように近代芸術のパラダイムと社会に対してオルタナティヴを模索したのかを考察した。「装飾」が、純粋芸術、応用芸術そして社会をつなぐ有機的な触媒であることの一端を示せたように思う。個々の事例の精査に加えて、それが、現在のグローバルな芸術生産の場においてどのように受け継がれ、新しい形で拡張されているのかについて(注16)検証することを、今後の課題としたい。―109――109―
元のページ ../index.html#119