鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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⑫ アテナイ、アクロポリス奉納記念物研究研 究 者:アルベルト・ルートヴィヒ大学 フライブルク博士候補生はじめに現在のギリシア共和国の首都にあたる古代都市アテナイの中心部にはアクロポリスが鎮座している。前6世紀末に民主制がアテナイに敷かれてから、パルテノン神殿を筆頭としてさまざまな宗教建築物が造営され、アテナイの宗教的中心地となった。これらの宗教建築物の周囲には数多く奉納物が神々や英雄のために捧げられていたと考えられる。今日までに、残念ながらそれらの奉納物の大半が失われた。本研究は、アテナイのアクロポリスに奉納された彫刻家ミュロンによる女神アテナとマルシュアスの彫像を対象とする。この2つの彫像は一つの奉納物を構成しており、これらの彫刻については文献学的・考古学的手がかりが残されている。これまでの研究において本作は都市国家アテナイの政治的主張を観る者に訴えかけるプロパガンダとして利用されてきたと考えられてきた。つまり、本作が前5世紀中葉のアテナイによるボィオティアに対する決定的勝利と占領を記念するものとの説が提出された(注1)。K. Junkerは、音楽が当時のギリシア人の様々な日常や宗教祭祀の場面で重要な役割を果たしていたことから本作の奉納動機の検討は困難と述べる(注2)。しかしながら、これまでの彫像の意義を論じる上でアクロポリスの奉納習慣、すなわちこの丘が音楽・運動コンテストにおける優勝を奉納物の建立を通じて神々に感謝する場でもあったという点が見過ごされてきたと思われる。この点が、このミュロンによる彫像の主題に女神アテナの笛にまつわる神話が選択されたこと及びその奉納の理由を検討する上で欠かせない手がかりではないか。本研究は、前6-5世紀のアテナイの音楽競技を表現する美術作例及び音楽競技大会における勝利を記念する奉納物に幅広く言及して、それらの特質を明らかにすることを目的にする。その上で、アクロポリスにおける奉納物の建立習慣を踏まえて、本作が奉納された動機について新たな仮説を提示したい。第一章 女神アテナとマルシュアスの彫像について初めにこの奉納物に言及する二つの文献に目を向けたい。後2世紀にこの丘を訪れた旅行家パウサニアスは、この奉納物について次のように述べている(注3)。―125――125―小 松   誠

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