鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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第四章 前6/5世紀の音楽競技大会の美術表現について当時のギリシア世界において行われた音楽競技会の競技場面を描いた場面。前6世紀中葉にアテナイでは都市の守護女神アテナのためのポリスの祭典が開始された。この祭典は毎年行われたが、特に4年に一度は大規模に祭祀及び運動及び音楽競技大会が行われた。この中で、この大規模な祭典(パナテナイア祭)の音楽競技大会に関する資料は決して多くない。だが、幸いなことに前380/370年頃のパナテナイア祭における運動及び音楽競技における優勝者、準優勝者そして順々優勝者に与えられる賞品を記した碑文がアクロポリスより出土している(注27)。これによれば競技は二つの楽器すなわちキタラ琴及び二管笛を用いた四種目であったことが窺われる。この四種目とはキタラ琴の演奏に併せての独唱とその独奏、二管笛の演奏に合わせての独唱及びその独奏種目である。最大で六位入賞者までには賞金等が与えられたことが碑文には記されているが、その価値に着目すると楽器の独奏よりも演奏に合わせた歌唱が、そして二管笛よりもキタラ琴の演奏が重んじられたことが窺われる(注28)。プルタルコスによれば、このパナテナイア祭に音楽競技大会を設けたのはペリクレスであるという(注29)。だが、すでに前540年頃からアテナイの様々な陶器において演台の上でキタラ琴や二管笛を奏で、それを眺める審査員の姿が多数描かれているために、ペリクレスが活動するはるか以前からすでに音楽競技大会はパナテナイア祭において実施されていたのではないか(注30)。ここでは紙幅の都合から一例のみを挙げたい。前510/510年頃に年代づけられるエウフロニオス署名のクラテルには、二管笛の独奏競技が開始される場面が表現されている(注31)〔図5〕。3人の杖を持った審査員が椅子に腰掛けており、競技者が台(Bema)の上に立とうとしている。同様の場面はキタラ琴演奏者の場合にもみられる。結びにかえて本作を巡って特に以下の3点を結論として挙げられよう。まず前5世紀のアテナイでは、アテナは二管笛の発明者であり、マルシュアスはその名手でまたそれを人類に広めた者であったとする伝承が知られていた。つまり、女神アテナがマルシュアスを打ち据える伝承は後の時代に生み出されたものといえよう。この古い伝承がミュロンのアテナとマルシュアスの彫像によって表現されていたとするJunkerの指摘は妥当と考えられる。アテナの聖域であるアクロポリスが本作の建立場所に選ばれた背景には、アウロスがアテナによって発明されたことを強調し、この楽器の音楽的価値を称揚する意図があると思われる。続いて、アクロポリスでは音楽・運動競技大会におけ―129――129―

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