鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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⑲ 『雅歌』註解写本挿絵(バンベルク州立図書館所蔵、Bibl. 22, fol. 4v, 5r)の考察─処女たちの中の処女(virgo inter virgines)、花嫁としての聖母マリアの表象─序研 究 者:京都大学白眉センター/文学研究科 特定准教授  仲 間   絢旧約聖書に収録された『雅歌』は男女の恋愛と結婚による愛を称える歌であり、キリスト教世界はその花婿を神もしくはキリスト、花嫁を教会の女性擬人像エクレシア、聖母マリア、もしくは信者の個々の魂と解釈してきた。このような『雅歌』の花嫁神秘主義の神学的議論は西洋中世のキリスト教文化に幅広い影響を与え続け(注1)、教会の最高の栄光とされる、天上の女王かつ花嫁としての聖母マリアの戴冠を表す「聖母戴冠」、聖母マリアの処女性と同時に豊饒性を示す「閉ざされた庭」をはじめとする聖母マリア崇敬の主要な図像の源泉となった。これらの歴史的経緯は、キリスト美術における『雅歌』の重要性を物語っている(注2)。1000年頃にライヒェナウ派によって制作されたオットー朝写本、〈バンベルク雅歌註解〉(バンベルク州立図書館蔵、Msc. Bibl. 22)は、神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ2世(973-1024)が収集したバンベルク大聖堂のもっとも貴重な宝物の一つに数えられる。とりわけ本書の挿絵は、西洋中世における『雅歌』表現の代表的作品として知られている。本書の寸法は25×18.5cmで、88フォリアの羊皮紙から成る。アルクィン(735年頃-804年)の『雅歌』の註解と他にベーダ・ヴェネラビリス(672年頃-735年)の『ダニエル書』の註解、および、旧約聖書の預言書の断片を収録し、『雅歌』とその註解はfol. 4vからfol. 17vを占める。『雅歌』の挿絵は2点含まれ(fol. 4v、5r)、左右の見開きのページ全体にわたるイメージで構成され、鮮やかな彩色が際立ち、モティーフの構成は動的な印象を与える。左側の挿絵(fol. 4v)〔図1〕は、洗礼を受けた人々の十字架上のキリストに向かう行列が弧を描いている。その行列を先導するのは、洗礼者に聖杯を捧げる教会の女性擬人像エクレシアである。中央では使徒ペテロが青年に洗礼を授け、洗礼盤の周囲には螺旋状に配置された行列が続き、右上の磔刑像へと進む。この王、青年や老人、聖職者などの選ばれし者たちによって構成された行列の先頭を成すのは四人の女性(処女)群像である。なかでも宝石をちりばめた豪華な衣装に身を包んだエクレシアは、左手に十字架の杖を抱えながら脇腹の傷口から血を流すキリストを指し示し、また後ろを振り返って、右手で隣に佇む女性に金の聖杯を手渡している。聖杯を差し出された女性は両手でそれを受け取り、恵みのワインに口を―201――201―

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