㉑ 近代彩色牙彫の総合的研究─安藤緑山とその周辺を中心に─研 究 者:三井記念美術館 学芸課長 小 林 祐 子はじめに安藤緑山は、2014~2015年に全国巡回した「超絶技巧!明治工芸の粋」展をきっかけに、注目されるようになった牙彫師である(注1)。緑山の象牙彫刻、いわゆる牙彫は野菜や果物、動植物などを主題とし、象牙に精緻な彫刻を施し、対象に即した入念な彩色を加えたもので、象牙の素材そのものの白色を生かす近代の牙彫のなかにあって、ひときわ異彩を放っている。たとえば同展で紹介された「竹の子に梅牙彫置物」(京都国立近代美術館蔵)〔図1〕の全長37.0cmという圧倒的なボリューム感や、収穫したての竹の子に特有のピンク色の根、張り裂けた皮、皮の縁の毛羽立ち感など、その真に迫る描写は、我々に新鮮な視覚体験をもたらした。しかしながら緑山は多くの近代工芸作家と同様に、ながらく忘れられた存在であったため、最近までその履歴や制作活動の実態などが不明とされ、謎の牙彫師と称されてきた。そこで本稿では、筆者による調査研究でこれまでに明らかとなった情報を整理するとともに、その後に実施した作品や文字資料等の調査から把握できた新たな情報、すなわち象牙の彩色法に関する文献、および緑山以外の作者による彩色牙彫について報告をおこなう。1 これまでの緑山研究の概要緑山に関する先行研究としては、牙彫作家の中村雅明氏(1930~2018)による短い記事が唯一のものとして知られている(注2)。中村氏は「果菜牙彫置物」〔図2〕、「貝尽牙彫置物」(ともに三井記念美術館蔵)を紹介するとともに、緑山の生没年や師系について言及、またその制作技法について、着色法を一切秘密にし、後継者も持たなかったため、緑山一代で途絶えてしまったとする。しかし近年、筆者がおこなった調査により、中村氏の記述には本名や生没年などに誤りがあることが判明しており、緑山の詳細な履歴や制作活動の実態については、ほとんどが不明の状態であったと言っても過言ではない。筆者はこれまでに、牙彫作品および付属品の調査を実施し、作品のモチーフの特質や作者銘の特徴を明らかにすると同時に、国立民族学博物館の協力を得て、光学的調―222――222―
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