鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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・中川竜英するという。菫色の項のロッグウッドは魯格鳥特(ログウッド)の木の芯材で、日本には明治中期に輸入されるようになった黒色の染料である。黄色の項のターマリックは、カレースパイスとしても使われる鬱金(ターメリック)で黄色の染料、炭酸加里は炭酸カリウム(真珠灰とも呼ばれる)で染色用助剤として用いられる。本書では緑青、コチニール、ラック、鬱金などの日本で古来より用いられてきた天然の顔料・染料に加え、江戸後期に輸入され浮世絵にも利用された化学染料のプルシアンブルー、明治時代に輸入が始まったログウッドなどなどの天然染料が紹介されている。これらに先行する明治10年(1877)には、西洋の染色技法書を齊藤實堯が翻訳した『西洋染色法』が刊行されており、絹や木綿、毛織物などの繊維を染める方法として、近代以降に輸入されるようになった天然染料・顔料や、化学染料・化学薬品などが紹介されている(注12)。そこには、象牙の着色法に記述されたものと重複する染料・顔料・薬品が数多くみられ、当時の象牙着色法が、繊維の染色技法を応用したものであった可能性が高まってきた。今後はこれらの技法書に記された着色法に基づき再現試験と試料の蛍光X線分析調査を実施し、これを緑山作品の蛍光X線分析の調査結果と比較検討することで、緑山の彩色材料を確定したい。3 彩色牙彫の広がり─緑山以外の彩色牙彫の発見─明治時代から興隆する無彩色の牙彫置物のなかにあって、緑山の彩色牙彫があまりに個性的で異色なものであったことから、これまで中村氏をはじめ筆者も緑山を孤高の存在として扱ってきてしまった感は否めない。しかし近年、筆者がおこなった作品調査の過程で、緑山以外の作者による彩色牙彫がいくつか発見された。本項ではそれらの作者と作品の情報、さらに緑山との関係性について報告する。「バナナ牙彫置物」 公益財団法人鍋島報效会蔵 〔図4〕高6.0cm 全長14.5cm。「竜英」の彫銘がある。小ぶりのバナナの上に、1枚の皮を剥いたバナナを重ねた構造。皮の裏側や果実の表面に施された細い筋、リアルに再現された色彩など、緑山の「バナナ牙彫置物」(大英博物館蔵)〔図5〕と彫技や彩色がよく似ている。しかしつぶさに観察してみると、彫技と彩色の細やかさは緑山のレベルには及んでいないことも確認される。中川竜英(生没年不詳)は、緑山の委嘱家で牙彫商の金田兼次郎の門人であり(注―228――228―

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