鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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㉔ エーゲ美術におけるオリエント世界の太陽神信仰の影響研 究 者:東京都立大学 大学教育センター 准教授  小 石 絵 美前17世紀以降の東地中海世界は多くの研究者が述べるように、さまざまな文明間において戦争を繰り返しながらも経済的に依存しあうグローバル世界であったと推測されている(注1)。このような世界において美術の分野では図像の共通性が広く知られ、それはエーゲ美術においても例外ではない。これまで多くの研究者たちがエーゲ美術の図像、たとえば宗教場面などの解釈を試みたが、オリエント世界のような詳細な解明には至っていない。その理由は、エーゲ世界に文学などの高度な文字資料が未だ確認されないことがあげられる。現存する線文字Bなどの文字資料は行政や宗教などの物品の記録のようなものであり、当時の信仰や宗教儀式などの解明は困難である。そこで本研究はオリエント美術との図像の共通性に着目し、東地中海地域というグローバル世界における共通性からエーゲ地域の特性を捉えること、すなわちエーゲ世界におけるオリエント世界の宗教・美術の受容と独自の展開を明らかにすることを目的とする。前17世紀以降のエーゲ美術には神の顕現などの宗教に関する場面が数多く表された。こうした場面の中には「死と再生」の概念を暗示する作品が認められ、一般的にオリエント世界から導入されたものと推測されている。渡辺和子氏によると(注2)、メソポタミアの太陽神はその神格化のほか、光の神、正義と裁きの神、生者と死者の神、広く人々の願いにこたえる現世利益の神のように、さまざまな属性を持つ神であった。前2千年紀には太陽神を象徴する三日月や太陽、星のモチーフや、有翼日輪が2体の精霊や動物に支えられる図像などが表された。エーゲ世界の太陽神は高度な文字資料が存在しないため、メソポタミアの太陽神のように詳細な属性などを解明するのは困難といわざるを得ない。しかしながら、エーゲ美術においてもオリエント美術の図像に類似する天空モチーフや、2体の動物や有翼鳥頭獅子身の怪物グリフィンに支えられた人物などを表す図像が広く知られている。N.マリナトスは、こうした図像がオリエント世界と共通する図像であり、東地中海世界には共通性、いわゆるコイネーがあると主張した(注3)。東地中海世界における図像の共通性は、多くの研究者の間で概ね認められている。しかし、東地中海世界における図像の共通性が認められるとはいえ、それらは漠然とした類似という認識にとどまり、これらの図像をエーゲ世界が具体的にどのように―256――256―

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