彼らの美術として受容し発展させたのか、不明瞭なまま残されている。先のマリナトスが行った研究はオリエント世界の太陽神とそれに関連する宗教的図像がエーゲ美術に与えた影響を解明する試みであるが、その図像の解釈はやや強引と思われる部分も含まれるため、他の研究者たちから支持を得ない部分も多く、研究の余地が残されている(注4)。オリエント世界の太陽神に由来すると推測される図像が、エーゲ世界において具体的にいつ頃、どの地域で表され、どのような図像が年代推移とともに展開し、終焉を迎えたのか。すなわち、図像の時間的・空間的展開について未だ研究が進んでいない。そこで、報告者はこの問題について、生と死の概念を暗示する図像の考察や、年代推移とそれに伴う地域分布などを辿ることにより、エーゲ世界の太陽神信仰の解明の一助となり得るのではないかと考え、分類調査を試みた。研究対象本研究で扱う作品は土器、棺、壁画、印章など基本的にレリーフを含めた絵画作品に限定した。なかでも印章には頻繁に宗教場面が表され、豊富な現存数であるため、本稿では印章について報告する。印章はレリーフ状の絵画的な表現媒体であるが、美術的側面のほか、泥封などの実用的側面を持つ。当時の人々にとって印章の図像は絵画というよりも、むしろ印章の所有者や品物を表す「記号」として認識されていた可能性も推測される。こうした印章の素材には、黄金のように希少性が高く威信材となるものから、エーゲ世界で容易に入手できる石材まで用いられた。印材の価値という観点からは、社会的に高位の人物が、希少性の高い印材に特別な図像が施された印章を所有したことや、現代日本の三文判のように、より実用的な印章には単純でありふれた図像が手ごろな印材で作られたと思われる。印材の価値は図像の価値やその所有者にも関連すると推測される。印材に着目した研究は、エーゲ世界の印章研究では近年始められたばかりの研究手法であり、この手法を用いて図像の年代・地域分布の変化とともに、図像の価値の変化を辿ることにより、エーゲ世界の太陽神に関連する図像とその展開の解明に新たな視点が得られるのではないか。本稿では研究成果報告の一部として、本研究で最も重要な「太陽」と推測されるモチーフについて取り上げ報告する。―257――257―
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