鹿島美術研究様 年報第40号別冊(2023)
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調査方法・太陽モチーフの定義作例選出にはエーゲ印章研究の分野で高く信頼されたCorpus der minoischen und mykenischen Siegel (CMS)とそのデータベース(注5)を利用した。また、8月に行った海外博物館調査(アテネ国立考古学博物館など)では、作品の実見及び写真撮影を行い、本研究の図像観察・評価に活用した。太陽のモチーフを選出するためにモチーフの定義を定めた。本稿では円または点を中心に、そこから放射状に線や円などが配された形とした〔図1〕。また、それを円などで囲ったような形も太陽のモチーフとした。この形はCMSで「星」と登録されている作品もあるが、このモチーフが登場する主題の種類や表現方法に明確な相違は認めらないため、本稿では上記の定義に該当するモチーフを全て太陽として扱った。分類調査定義に従い作例を取集したところ73点が認められた。現存するエーゲ印章はおよそ1万点といわれ、最多が牛モチーフで約1600点認められる(注6)。現存する印章の多寡が当時と一致することはあり得ないが、それほど多い作例数とはいえないだろう。次に73点の作例を地域、年代、印材、主題や画面構成などの表現に着目し分類調査を行った。ミノアとミケーネ文化の図像に着目するため、地域はクレタ島、ギリシア本土、その他に分類した。年代〔表1〕はミノア文明が最盛期を迎えた新宮殿時代から扱い、ミノア諸宮殿崩壊後、クノッソス宮殿がミケーネの支配下で唯一存続した最終宮殿時代、ミケーネ文明が最盛期を迎えた宮殿後の時代までを用いる。この時期区分はミノア文化に用いるが、ここでは便宜上ミケーネ文化にも適用した。印材については加工技術から硬石、軟石、金属に大別した(注7)。軟石はナイフなどの道具を手作業で彫り込むが、硬石には弓旋盤が用いられた。弓旋盤とは、先端の尖った錐のような道具を弦に巻き付け、弓を前後に引くことで刃先を高速回転させる旋盤として知られる。金属は鋳造によって形作られたが、弓旋盤やパンチングなどの金属独特の加工も行われた。こうした加工技術の相違から、たとえ印影しか現存しない作例であっても、その表面のテクスチャーから大まかな印材を推測することが可能である。―258――258―

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