注⑴たとえばブローデル,特に145-226頁。⑵渡辺,30頁以降。り、現存する作品数は少数ではあるが、より複雑で精巧な宗教場面が希少性の高い印材に表されるようになる。すなわち、女性やゲニウスの神への礼拝、聖婚、ポトニア・テロンなど神の顕現の場面である。こうした宗教場面はミノア文化の最盛期である新宮殿時代のクレタ島には認められず、宮殿後の時代になり法螺貝を吹く人物や、希少性の高い印材に施されたグリフィンの鹿狩りのような宗教場面が登場する。しかし、宮殿後の時代のクレタ島はミケーネの支配下にあったため、これらの図像はクレタ島のミノア独自の発展ではなく、ミケーネ文化の影響と解釈するのが自然だろう。新宮殿時代に大量に表された太陽と単体の具象モチーフの表現も宮殿後の時代に1点まで減少し、この主題が衰退する様子がうかがえる〔表2〕。こうした主題や表現の相違にはどのような背景があるのだろうか。太陽モチーフが太陽神を示すならば、ミノア文化とその影響を受けたケルキラの描写において、グリフィンなどの怪物や動物・海洋モチーフは神の従者や神への捧げものであり、人物ならば太陽神やその司祭のような人物を意図するのかもしれない。クノッソス宮殿を中心とした中部クレタで多く確認されるためクノッソス宮殿の影響下にある図像の可能性が推測され得るが、これらは宮殿に限らず広く認められ、新宮殿時代のミノア社会全体で広く使われた図像と推測し得るだろう。それに対し、ミケーネ文化においては複数の人物や動物・怪物たちによる宗教場面が精巧な物語風描写で表され、それにより神の神聖さや高貴さが一層強調された象徴的な表現といえる。しかも、これらの図像が施された印章は威信材として使われる金属製の印材が多く認められる。これらはミケーネ文明の中心地であったミケーネやピュロスの宮殿やその諸宮殿と関係深いティリンスとテーベで確認されるため、宮殿と強い結びつきを持つ図像と推測される。中央集権体制のミケーネの王族・貴族たちが彼らの権力を象徴的に誇示した図像と読み取り得るだろう。本稿では印章に表された太陽モチーフに着目し、その主題などを地域的・年代的に追うことで、ミノア・ミケーネ文化の図像の相違や影響関係、同じミケーネ文化圏における地域的な相違を指摘し、それが各文化圏における価値観の相違に帰する可能性を指摘した。本稿は太陽神信仰に関係する「太陽」の表現に限定されているため、太陽神信仰に関する全体的な議論については今後の課題としたい。―261――261―
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